悪魔のささやかな幸福論 ※現代パロでスペゴグリ。二人ともヤンデレ歪み。出血描写有なので苦手な方はご注意ください。※ 彼の発作が始まったのは三ヶ月程前。その原因は俺にあると思う。 深夜に帰宅すれば居間で風呂桶に自分の血を溜めている彼の姿がある。切られた右腕には大量の裂傷痕。瘡蓋の生成が追いつかないせいでまだ塞ぎきっていない箇所が多数。それでも新たな皮膚を切り裂いていってしまう彼を止めることはもう諦めた。彼の気が済むまで放っておく。どうやら、彼は自分の血を見ると非常に落ち着けるようで。腕を切っては粗い息をして、その血を浴びたいとでもいうように傷を顔へと押し当てる。いくら服に付こうが床へ撒き散らされようが関係なかった。ただ、その血に縋っていたのだ。 彼と付き合い始めたのは五ヶ月前。俺達はよくありがちな、同じ大学のサークルの先輩後輩という関係だった。問題なのは二人とも男だったという点であろうか。告白は俺から。了承したのは先輩。未だに信じられなかった。だって俺から見た彼はいわゆる一般的な男で、同性愛者だとは思わなかったから。ただ、俺があの人を好きで好きでもう我慢が出来なくなって自暴自棄になった告白を、彼はあっさりと受け入れたのだ。目を丸くして言葉を失った俺に、キスを仕掛けてきたのも彼の方からだ。連続で起こった奇跡に、俺は無我夢中で彼の口内を貪った。押さえなんて効かなかった。それまで溜めこんでいたあらゆる情欲が爆発した。だから男ってのは嫌いだ。こんな本能先行な生き物、幼稚にも程がある。 それでも彼はなぜか俺の全てを受け入れてくれた。初めは感動して、人生こんなこともあるんだなとその幸福に浸っていたが、徐々に垣間見える彼のオカシサに気づき始めた。それはある日の夜、情事が終わってから一緒にベッドの上で事後処理もして互いに寝ようとしていた。彼が先に寝入って、俺がまだ夢の中へ旅立っていなかった時。トイレに行きたくなってきた俺が掛け布団から出ようとしたら。 「どこに行くんだ、レッド」 捕まれた腕に振り返れば、仄暗い瞳がそこにある。 電気も消して月明かりしか役に立たないこの空間で、それはまるで幽霊のように覚束ないオーラを放っていた。悪寒が背筋を震撼して、言葉を失う。お前、誰だ。と決して言葉にはならなかった。その前に、彼がフッと笑みを浮かべると、そのまま事切れたように腕がダランッと下がる。寝入ってしまった。ただの、寝言の一種だったのだろうか。ドッと押し寄せる疲労は、先ほどまで彼と行為に及んでいたものよりも比べ物にならなかった。 次の日になれば彼は元通りに戻っていた。それがまた気持ち悪い。俺は不信感を顕にしてしまった。グリーンはその態度に疑問府を浮かべる。けれど、どこか踏み込んではいけないような気がして、互いが見てみない振りを暗黙の了解に続け始めた。それからも幾度に渡ってグリーンの意味不明な言動と行動を目の当たりにし続ける。しかし、何も本人には言わなかった。彼が何度もレッドと発言する、そのレッドとは何者かについても決して触れなかった。しかし、そうすれば比例して溜まっていくストレスに、徐々に苛立ちを隠せなくなってきた。 俺の態度が剣呑としたものへ変わっていくのをグリーンは察していた。だが俺の雰囲気からあまり触れて良いものではないような気がしたらしく、何も問うては来なかった。時間が解決してくれるとでも思ったのか。なぜなら、グリーン自身に原因があるなんて一ミリ足りとも思っていなかったから。 「明日、ちょっと俺来んの難しいわ。だから先に寝ててくれ」 そんなある日、グリーンへそう告げると彼は目を丸くして、そして瞼を少し落として俺から視線を逸らすと、了承を示す返答をした。それが何を示すのか俺にはさっぱり分かっていなかったが、とりあえず彼は俺が裏切ることをすぐに察したのだ。頭の回転が良いことで。それから他の女の子達と夜遅くまで遊ぶようになった。滅多なことでは夜早く帰って来ない。体を繋げることだってもうしなくなった。少しでも彼といる時間を減らしたかった。考える時間を失くしたかった。そうして夜遅くグリーンがもう寝入っている時間帯に帰ってはベッドには入らずに、ソファで寝る。そして朝になって目が覚めればグリーンは先に大学へ行っている。決して起こされることは無かった。 もはや関係性としては家を共有するだけで、生活時間帯も何もかも一致しなくなってきた頃、異変が起こった。いや、もしかすれば徐々におかしくなっていっていたのだろうけれど、俺は全くグリーンのことを見ようとはしていなかったせいか、それは唐突な出来事だった。ある夜、また遅い時間に家へ帰ってくると鼻につく鉄臭。その生臭さに疑問を抱き、居間へと向かえば人影が見えた。グリーンだ、と思って電気を付けると、そこには片手にカッターを握ったまま、風呂桶に血溜まりを作っている彼の姿があった。絶句する。 死んでいると思った。もう、彼を人間だとは見なしていなかった。けれど義務的な処置として救急車を呼べば彼は搬送される。失血量がまだマシだったらしく、一命は取り留めた。彼の関係者として病院で待つことになった俺に、一人の医師が近付いてきた。彼の容態について教えてくれるのかと思ったのに、予想外な発言が飛んでくる。 「君が今、彼と付き合っている子かな」 信じられなかった。何より、何の躊躇いもなく男に対してそう訊いてきた医師に瞠目する。俺の様子に全てを察したらしい医師は、ため息をついて俺の隣に座り、説明を始めた。 「これで二回目だ。彼がこういった行為に及んで運ばれて来たのは」 曰く、前にも同じ事態があったようで。 前に付き合っていたらしい男性の名前を医師が告げることは無かったが、それがレッドであることを本能で察した。話を聞けば彼もまた同じようにグリーンをこの病院へ運んできたらしい。そしてそのまま事情を説明して、グリーンの元から去ったと。そのことをこの医師から伝えられた彼はさしたる反応は示さずただ、そう、と一言だけ呟いて笑ったそうで。それから退院した彼と俺が出会ったというわけか。 レッドとかいう奴はきっと、グリーンを見捨てたのだろう。それを彼はあっさりと察して受け入れた。どういう心情だったかは知らないが、そういうことだ。 俺はどうするか。そのレッドとやらと同じように彼のことを見捨てるのか。自問自答してみると、不思議とその答えにはたどり着かなかった。 「グリーンが退院出来るのはいつぐらいっすかね」 「それほど時間は掛からないはずだ。また連絡をしようか」 「お願いします」 とりあえず血で汚れた部屋をどうにかしよう。そこで俺の頭に描かれていたのは、グリーンとの生活だった。もう夜遊びもしないだろう。俺はきっと彼の元にいる。分かったからだ、彼のあの奇怪な行動にはやはり意味があるのだと。以前までは踏み込もうとはしていなかった、踏み込む勇気の無かった俺だが、彼の血液に当てられたのか随分と冷静に脳が働いている。 彼の退院を待つ間に部屋を元通りに戻した。彼が使ったカッターはどこかしら捨てられなくて机に置いておく。今まで遊んできた女達の連絡先は削除して、全てをグリーンと付き合いだしてからの状態に戻す。極限まで。思ったよりも彼の退院は早かった。戻ってきた彼の顔付きはあまり変わっていなくて俺の顔を見ても特に反応を示すことはなかった。 「晩ご飯、何がいい」 無表情に告げるグリーンに、俺は無言で返した。 そしてドアから入って立ち尽くしているグリーンの元へ近づいて、その手を取った。せっかく帰ってきた彼をそのまま外へと連行する。俺の行動が予測出来なかったのか、グリーンが焦った声で問うた。 「っどこに」 「晩飯、買いに行くんだろ」 一緒に行こう、と。 振り返ることもしないで、近場のスーパーへ向けて歩き出す。息を呑む声が聞こえた気がしたが無視をした。直後、発生した嗚咽もまた。あぁ、やっぱりなと。彼もまた、きっと分かっているのだ。それでも止められない衝動と欲求に抗えないだけだ。でもそれって、人間ってものからすれば普通のことだ。したいこと、やりたいこと、それとは異なる行動を取ってしまうこと。無理に抑制なんてする必要はない。腕を切りたければ切ってしまえ。それをしないことで得られるストレスを別の方法で解消しようと考えることの方が面倒だ。 グリーンが腕を切り始めたのはきっと、俺が他の女と遊んでいることを察したからが故のストレスだ。つまり、彼は何かしらのストレスを感じるとこういった行為に及んでしまうに違いない。実際、これ以降の同棲生活でも幾度となく彼はカッターを皮膚に突き付けて切り裂いてきた。幸いだったのが、血管に沿っては決して切らなかったことだろう。やはり彼は本当の意味で死にたいわけではない。ただ、その赤に癒される為だけに、行為に及んでいる。 「俺はレッドとは違う」 やっとのこと、俺のことを見るようになったグリーンを腕に抱きながら、言い聞かせる。眠りに入っている彼にはきっと届いていないのだろうけれど。しかしこうやってグリーンをグリーンとして抱けることは、当初俺が求めていた理想に叶っている気がした。幸せなのだ、と思う。 もはや俺の神経もいつのまにか、吹っ飛んでいることにも気づかないまま。 - - - - - - - - - - お題はこちらより→postman様 あとがき 深夜さん、リクエストありがとうございました! スペゴグリのヤンデレな現代パロでございましたが、いかがでしょうか。 深夜さんの理想に近いものであれば非常に幸いなのですが、私の文章力ではこんな感じのヤンデレ具合しか出せませんでした、これからも精進いたしますorz 深夜さんのみ、お持ち帰りしていただいて構いません、この度は本当にありがとうございましたー! |