color WARing -22-



 政府の人間と相対している、自分の孫、と同一人物であるらしい青年をただ見つめた。
 瞳がどうしても揺らいでしまう。しかし、ここで情に動かされてはならない。彼は我々の敵である事実を忘れてはいけない。


 テロ組織が我々の前に姿を現したのはつい一週間前のこと。丁度そのとき、偶然私は政府の人間と共に外へ出てしまっていた。本部がまさか襲撃されているとは思いにもよらず、情報が届いて急いで帰って来ればすでに敵の姿はなかった。その代わり、病院に残されていたのは重傷を負ったグリーンの姿だ。数秒、心臓が止まった気がした。
 声も出なくなり真っ青になっている私に急いで駆け寄ってきたのはウツギ博士だ。そして彼が私の孫ではないと必死に主張してくれた。敵であるのだ、とも。意味が分からなかったが、その後にやってきた本物のグリーンの姿を見て、情けなくも腰が抜けてしまった。

 敵が我々と同じ存在であるという、理解しがたい事実。

 手術を行って一週間後。意識も回復した彼を尋問する為に連れ出したのは政府の人間だ。周囲から疑惑と憎悪の目を向けられる中、それでも彼はその申し出を断らなかった。
 堂々としていたわけではない。それどころか不安に満ちて挙動不審に陥っていると見て取れた。それもそうだ、この世界は彼が知っているようで違う世界で。彼の味方は一人もいない。ただ、彼は情報を聞きだす為に生かされているだけだ。

「名前は?」
「……オーキド、グリーン」

 狭い尋問室には机が一つと椅子が二つ。政府の人間と向かい合うように座らされた彼の姿を、隣の部屋でマジックミラー越しに見ることになる。どこからどうみても、長年見てきたグリーンにしか見えない。しかし本物のグリーンは私の隣にいる。表情は複雑だ。自分がもう一人目の前にいるという現実の違和感。声も名前も、家族も生い立ちもすべて同じなのかもしれない。

「貴方達がポケモンやトレーナーを殺害していく理由は?」
「俺達の世界が、殺されてしまうから」
「どうしてこちらの世界が貴方達の世界を殺すと?」
「分からない」
「こちらの世界を殺せば自分達が救われると思っているだけで、確信はない?」
「……はい」
「つまり、その勝手な想像によって、こちらの世界は被害を受けていると?」
「――はい」
「ちなみに、貴方達のポケモンやトレーナーは実際に殺されているのか?」

 沈黙が訪れた。
 瞠目する。彼の表情が変化した。どこかしら渦巻いていた揺らぎが消え失せる。代わりに表れたのは―――

「俺達の世界のポケモンは、次から次へと「消えて」行っている。しかしトレーナーは消えていない」
「それならば、どうしてこちらの世界のトレーナーまで殺害するのですか?」
「憎いからだ」

 ―――憎しみだ。
 彼は断言した。迷いのない一言。

「大事なパートナーを失ったトレーナー達は、こちらの世界でそのポケモン達と幸せに暮らしているもう一人の自分が憎い。ポケモンを失った悲しみを知らない存在が憎い。ただ、それだけだ」

 まるで吐き捨てるように告げる。
 ウツギ博士から聞いた。レッドのピカチュウを殺害したのはこのグリーンと同じ世界のレッドであると。どうしてそんなことが出来るのか理解出来なかった。しかし彼の言葉が胸に痛みを走らせる。ただそれだけの憎しみなのか、トレーナーやポケモンを殺せてしまうのは。本当に、ただそれだけの。
 このグリーンもまた、いつか私の隣にいるグリーンのポケモンを、―――――――グリーンを、殺すつもりなのだろうか。

 尋問の時間は一時間程。それなのに半日以上は彼を見ていた気がした。時計の針があまりに動いていないことに驚いた。彼の口から語られる言葉の一つ一つが重すぎて頭に鈍い痛みが走っている。
 聞きたいことは粗方聞き出したのか、政府の人間が椅子から立ち上がる。終了の合図だ。これからまた彼は病室へと戻ることになる。重要な参考人扱いだ。しかし、果たして政府の人間は彼をこれから先、どうするつもりだろう。彼が敵であることは皆が分かっている。彼に危害を加えようとする人間がこの本部にいないとは断言出来ない。
 彼らの世界のトレーナー達は確かに、憎しみに染められているだろうが。こちらの世界のトレーナー達とて同じだ。恐怖と、絶望と。そこに加えられる憎しみがどれほどの効果を生むのか想像したくもない。

 あまりに先が見えない展開に焦るばかりだ。深く息を吐けば、尋問室から出て行く彼と政府の人間に合わせて、私とグリーンも扉を出る。そして、驚愕した。




 廊下に並んで待ち構えていたのは、本部に集結している全トレーナー。




 カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ。四つの地方の全トレーナーからの、数多の視線、重圧が彼にのしかかる。向けられている顔は疑惑・憎悪などという言葉では表現しきれない、複雑な色を秘めている。カオスだ。それを一人で受けるしかない彼に対して、私は何を思えばいい。どうすればいい、だなんてそんなこと誰にも分からない。それでも彼は歩くしかないのだ。この廊下を通って、病室へと戻るしかない。
 隣にいるグリーンが息をのんだのが分かる。そこにあるのは同情なのか悲しみなのか。そんなもの、何一つとして役に立たないことは分かっている。
 一歩一歩、歩みを進める彼が倒れないことが不思議でならない。それどころか、彼はまるで、今この空間を埋めるあらゆるモノを全て背負おうとしているようにも見えた。どうして、そこまで。

「「彼」が「君」を、攻撃したのは」

 彼の歩んでいく先に立ち、行く手を塞いだのはレッドだった。
 周囲のトレーナー達が何も言わない中、打ち破られた沈黙。
 何か、ゾッとしたものが駆け抜けた。粘着質を伴った、妙な液体が喉を滑り落ちる感覚。呼吸がし辛いのは気のせいでも何でもない。
 相対した別世界同士の幼馴染は、互いに嫌悪の瞳を向けているような気がした。

「「君」が「彼」を、裏切ったから?」
「違う」

 もう一人のグリーンが否定する。しかし。

「俺はあいつを「見棄てた」んだ。「裏切った」んじゃない」

 何も宿していない瞳で告げられた事実。 
 初めてこの空間の空気が変わった。
 微かな、動揺。

「お前達は全員、殺される。俺の仲間に。殺されたくないなら、先に殺すしかないぞ」

 その覚悟を、誰もがしておかなければならない。
 レッドの隣を通り過ぎて遠ざかる彼の後ろ姿を、誰もが見ていた。しかし決して追うことなどしなかった。

 幼馴染を見棄てる。それがどれほどのことなのか。
 彼の背を見続けるレッドは、何も云わなかった。

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