color WARing -7-


 ジョウト地方の怒りの湖とやらを襲撃していたのは、炎ポケモンを連れた奴らだったらしい。

 俺も直接目で見たわけじゃないから分からないが、もしそうだとすれば多くのポケモンや人間が焼かれ死んでいったのだろう。炎ポケモンを専門とするトレーナーからすれば複雑だ。それは、炎ポケモンが殺しの道具に使われたということへの怒りと、炎ポケモン達も討伐されてしまったのだろうという虚しさの入り組んだ、良く分からない感情だった。しかしそんなことを言っていればキリがない。タイプがなんだろうと、こんな争いに巻き込まれれば何が起こっても仕方ない。━━━仕方、ない。

(何だ、えらく騒がしいな)

 深く沈んで行こうとした思考を止めたのは、廊下から騒がしく響く足音と声。収集されたトレーナーの居住部屋は政府本部と併設されているマンション。各地方ごとにエリアが分かれていて、さらに男女が固まっている。まぁ分かりやすいと言えば分かりやすい作りだ。しかし一つ問題なのが、この建物は床が薄く、上の階の人間の生活音が結構響いてくるという点にある。
 一体何があったのか気になり、ドアを開ければシロナさんの後ろ姿がちょうど通り過ぎて行った所だった。声を掛けようとしたけれど、何やら様子がおかしい。眉を顰めて彼女の後を追った。シンオウ地方はこのマンションの中で5階。そこから順番に下へ向かってホウエン、ジョウト、カントー、フロントと続く。
 シンオウよりも上の階には政府関係者の部屋が並んでいる。居住と何やら研究を兼ねているようで、何の研究をしているかまでは知らされていない。

 つまり、俺が聞いている足音というのは、上の階の住人、つまり政府関係者のものということになる。

 シロナさんが階下へ向かうと、そこには一人のトレーナー。あれは誰だったか、もう人数が多すぎて一気に覚えられやしない。ちょっと逆立った銀髪。藍色を基調としたスーツ。あっ、思い出した。ホウエン地方サイユウリーグ元チャンピオンのダイゴ、という男だ。確か、現チャンピオンはミクリとかいう水タイプ使いだったな。苦手なタイプだから無意識にそれだけは覚えている。なかなかだな、俺の記憶力。

「ワタルから連絡があったわ、彼が帰って来たって」
「僕も聞いたよ、容体までは分からないけど━━おそらく、芳しくない状況だ」

 彼? 彼というのは誰を示しているのだろうか。そういえば今日は誰に任務が言い渡されたっけ? ちゃんと把握しておくように誰かから言われた気がするが、そんな面倒なことしていられるか、と全く覚える気がなかった。それが仇になったな。次からはちょっとは頑張って覚えてみるか。

「ポケモンセンターへ向かいましょう。何も情報がないと訳が分からないわ」
「そうだね。ミクリもワタルもそこにいるらしから、ちょうどいい」

 おいおい、チャンピオンレベルのトレーナーが集結か。これはとんだ緊急事態だな。冷や汗が伝う。嫌な予感しかしない。こうなったら気になるじゃないか。ちょっと唾を飲み込んで、思い切って声を掛けてみた。

「シロナさん」
「!、あら、オーバ。どうしたの」
「何かあったんすか、俺も着いて行きます」
「ダメよ。いつ政府から命令が来るか分からないんだから」
「じゃぁなんでシロナさん達はポケセンに行くんすか?」
「ワタルから連絡があったんだ。チャンピオン関係者には全員に回ってるみたいでね」

 驚いたように振り返ったシロナさん。次いで、ダイゴさんがポケギアを開いて、着信履歴を見せて来た。確かに、カントーセキエイリーグ四天王のワタルさんの名前が表示されている。

「彼っていうのは誰のことっすか」
「今日、怒りの湖に任務に行ったレッド君だ。シロガネ山の」

 あぁ、最後の収集がかかった最強トレーナーか。
 四天王やチャンピオンですら霞んでしまいそうな強さを持っていると聞いた。手合わせ願いたいものだ。そんな彼が一体どうしたというのだろう。重傷でも負って帰って来たのか? それほどの強さを持ち合わせておきながら?

「ごめんねオーバ。私達はちょっと急ぐから」
「……了解っす」

 どうも、納得がいかない。
 何かしら危険なことが起こったのなら、トレーナー達全員にその情報を渡すべきだろう。それともあれか、まだ不確定な情報なのか? どちらにせよ蔑ろにされた気分。苛立ちながら立ち去る二人の後ろ姿を見送り、さて俺は一体どうしようかと思案しようとした時。

「オーバ、どうした?」

 耳に馴染みのある声が聞こえて来た。振り返れば予想通りの金髪。ナギサシティジムリーダーのデンジだ。
 見知った人物の登場にどこかしら心が安堵する。そして今しがた起こったことをありのまま話せば、彼もまた訝しむように眉を顰めた。そりゃそうだ。

「どうする、俺達もポケモンセンターへ向かうか?」
「いや、とりあえずシロナさんにここに居ろって言われたからな。ここに居る」
「へぇ、珍しい。いつもの熱血漢なお前はどこいった?」

 肩をすくめて鼻で笑われ、俺はムッとした。けれどすぐに表情を暗くする。確かに、前までの俺ならすぐに「おぅ、ポケモンセンターに行くぞ!」と返していたはずだ。それなのにどうしたこれは。まるで正体不明の不安に押しつぶされそうになっている、臆病者。ポケモン達がいれば怖いものなんてなくて、いつも何も考えずに突っ込んでいく俺はどこにいった。
 自分のことを弱虫だなんて思ったのは、いつ以来のことだろう。
 押し黙ってしまった俺の様子に、さすがにデンジの方が慌てた。彼の慌てる様を見るのだって久しいことだ。全く。

「あっ、いや、まぁな、確かにこんな状況じゃぁ彼女の意見に従う方が━━」

 目を泳がせ頬を掻き、うーだのあーだの腕を組み悩むデンジ。俺も俺で頭を掻きながら溜め息一つ。こんな空気じゃ良い事なんて全部押し潰されちまって、悪い事しか残らないのではないか。
 そうこうしているとホウエン地方の他のトレーナー達も事態に気付き始めたようだ。見知った顔が並び、また他の地方の階も騒がしくなってきた。皆、勘が鋭い。シロナさん達が行ってしまったけれど、もうすぐ何かしらの動きがあることは推測できた。

 どうしようもなくなった俺達の耳に、館内放送でここに住むトレーナー全員に対しての収集命令が下るのは、すぐのこと。

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