たたく



 ばぁん、と俺の部屋中に響き渡った殴打音に、吹っ飛ばされた体。尋常じゃない痛みが頬に走る。あんなサバイバル環境で生きていた奴の鍛えられた筋力は予想以上だった。一瞬、意識が吹っ飛ぶかと思ったが、ぐわんぐわんと脳内が揺れるだけでそんなことはなかった。しかし一種の脳震盪であるような気はする。
 視界が定まらない。床に伏した体をどうすることも出来ない。動かしたいのに指一本動かない。なんだこれ。これって、俺の体じゃなかったっけ。声が出せない。頭が働かない。たった一発だけ殴られた――いや、どちらかと言えばこれは張り手だったから、たたかれたに入るだろうが――これ以上追加で攻撃を加えられるときっと耐えきれない気がする。

「いたかった?」

 まるで幼子をあやすような物言い。腹部に圧迫が訪れたと思ったら、幼馴染が俺の上に馬乗りになって、右手を俺の頬に添えて来ていた。先ほど、たたかれた箇所だ。何とか首を動かして視線を合わせれば良かったのに、それすらも出来ない。

「ごめんね」

 そう言われて、逆の頬に衝撃が走り視界がぶっ飛んだ。首がミシミシ音を立てる。それでも折れなかったのは、きっと一重にこいつが手加減をしたからだろう。吐き気が込み上げてきた。鼻血も出ている気がする。視界がカチカチ点滅して良く分からない世界へ飛び込んでいた。息。あれ、俺ってどうやって息してたっけ。喉が大きく痙攣して制御がきかない。ビクンッと体が断続的に跳ねた。その振動は全て幼馴染に伝わったはずで。

「ねぇグリーン。あの男、だれ?」

 そうやって動けなくなっている俺の耳元へ口を寄せ、囁いた幼馴染。残念ながら言われている意味がこの頭では理解出来なかった。脳が破裂して頭蓋骨の中が血で溢れているような錯覚。歯も何本か折れてしまっているようで、口の中で固形物がコロコロしているのだけなんとなく感じた。それに伴い歯肉から湧き出る血が喉へと流れこんできている。舌が力なく喉の奥へと詰まるように垂れている隙間からどんどん食道へ向かう。
 もうはっきり言ってしまえばこいつが何を言っているのかなんてどうでも良かった。ちゃんと聞いたって理解出来ない。そんなことがここしばらくずっと続いているものだから、諦めの境地に入っていた。そんな矢先の出来事。
 かつて幼少の頃に、何かお互い気に食わないことがあって喧嘩することは良くあった。でもそれはどこかでその気に食わない何かが分かっていたから、結局は仲直りすることが出来たのに。こいつが何を求めているのか全く分からず、一方的に与えられる暴力。俺と分かり合おうとなんてきっとしていないのだ、幼馴染は。
 そして俺もきっと、こいつと分かり合おうとなんてしていない。

「もう一回たたくから。三度目の正直だよ」

 そうやって振り上げられた左手が視界の端に霞んで見えた。衝撃に耐える準備なんて出来るはずもない俺は、空を切って迫る掌に抗うことなんて出来ないだろう。しかし本当に抗えていないのはきっと、こいつの方だ。
 こうすることでしか自分を主張出来ない愚かな幼馴染を、密かに鼻で嗤ってやった。
 


>>あとがき
とりあえず第一弾。

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