color WARing -20- 宣戦布告をしよう、正式に。 そう告げた狂気に染まった幼馴染はただ笑って、片手に銃を携えてあの忌まわしい世界へと飛び込んでいった。その後ろ姿に続くジムリーダー・四天王・チャンピオン達を横目に、心臓が握りつぶされる想いだった。どうしてこんなことになってしまったんだろう。彼を見放した俺に言える台詞じゃないのは分かっている。それでも、ただそれでもまだ何かしらの希望に縋ろうとしていた。愚かだとしか言いようがない。 この世界のシロガネ山に飛び込んで、その白銀を踏みしめていく大勢の足跡。鳥ポケモンを使えるトレーナーはそれに乗って、本部へと向かう。俺達の世界とここまで一致しているとは、平行世界というものの奇怪さが身に染みる。俺達の世界じゃないのに、まるでこの世界に住んでいるような感覚。セキエイリーグが見えた。かつて、幼馴染と頂上決戦をした思い出の場所。しかし、本当は違う。 湧き上がる想いが止まらない。泣きそうになっても涙を流すわけにはいかない。手持ちのポケモンを全て失い、銃という名の鋼鉄が相棒となった幼馴染を止める術などとっくに見失ってしまった。俺の手持ちは未だ、奇跡的に残っている。しかしこいつらをいつ失うかもわからない。そして、失った時に俺がどうなってしまうかもわからない。想像なんてしたくない。しかし実際に、他のトレーナー達はどんどん手持ちを失っている。タケシはイワークを失った。カスミはスターミーを。カントー地方のジムリーダーも続々と餌食になっている。ほかの地方のトレーナーもそうだ。そして誰もが狂気の瞳を携え、かつてポケモンを愛し、慈しんでいた表情など欠片も残さず、豹変してしまう。その事実だって分かっている。それでも、俺はこんなこと間違っているとしか思えなかった。 だって、こんなことをしたって帰って来ないじゃないか。かつて、彼らの愛していたポケモン達は。 それがどれだけ綺麗ごとであるか、嫌というほどわかっている。 辿り着いた政府本部。聳え立つその城に、俺達と同じ奴らがいる。心臓が変に鼓動を打った。怖い。自分と同じ存在がいることが。そして、これから彼らを相手にしなければならないことが。怖い。 まずワタルがカイリューに破壊光線を命じて、本部の建物へ攻撃を仕掛けた。倒壊させる程の威力ではない。単純に、建物を揺らす程度のものだ。それでもカントー地方チャンピオンのポケモンの攻撃の威力は普通ではない。ワタルはカイリューを元々、三匹所持していた。手持ちに残っているのは、このカイリュー一匹だけだ。後の二匹はつい先日、消えてしまった。 大きく大地が揺れる。ここまでの攻撃を受けて気づかない馬鹿もいないだろう。 しばらく砂埃だけが舞い散って辺りは沈黙していた。しかし、しばらくすれば喧噪が前方から聞こえ始める。嫌だ。来るな。逃げろ。ギリッと歯を噛みしめて、汗だけが全身を伝う。ダメだ。このまま相対してはならない。喉が張り裂けるまで叫びたかったが、それを出来ない俺はただの臆病者だ。目の前に幼馴染の背中が見える。彼の真後ろに待機している俺。こんなに近くにいるのに、その背が霞んで見える。 本部の建物から走って出てきた大勢の人間達は、どの顔も見知ったものだった。 「こんにちは」 二つの世界の強豪トレーナー達が終結した。 真横に並び、互いが驚愕に染められる。いくら覚悟してたとはいえ、こちらの世界の自分と相対したことのなかったトレーナー達は動揺を隠せないのだろう。しかしそんな困惑なんてもの全て吹き飛ばすように、幼馴染は彼らに挨拶をした。それはもう晴れ晴れしい笑顔で。けれど、笑っていない。 耳鳴りがする。現実を直視したくない。視界がぐらぐら揺れる。もうこれ以上、何も言ってくれるな。そんな俺の主張なんて、届くはずもない。 「こんにちは」 彼の挨拶を返した人物を、間違えるはずがなかった。 ハッと顔を上げる。そして、悪寒が全身を駆け抜ける。何も宿していない、その瞳。あ、あと口を手で押さえた。赤い帽子。赤い上着。彼だ。こちらの世界の。 「ピカチュウを殺したのは、君だね」 誰もが声を発せずにいる中、会話の進む二人。まるで彼らだけが世界を切り取られたようで、それをテレビを通して見ている感覚だった。空間の質量が増していく。呼吸がし辛い。ふと、赤い彼から視線をズラした。彼の横に立っている、彼の幼馴染であろう存在に目が行く。偶然にも、視線があった。この世界の、俺だ。 なぜだろう。俺の幼馴染と赤い彼は全く違う瞳をしているのに。どうしてか俺達は同じだった。同じ色の、苦痛に染められた瞳。まるで同じことを訴えているようだった。 あぁそうか。お前も、止められないんだな。 滑稽だ。こんなの、どこにも救いがありはしないじゃないか。 俺の幼馴染が彼へと銃口を向ける。その引き金が引かれれば最後、弾丸が彼を貫通し、命を呆気なく奪ってしまうだろう。この武器を見るのが初めてだったのだろう、相手側のトレーナー達がどよめいているのが分かった。しかし、赤い彼は一切動じてはいない。ただ堂々と、俺の幼馴染から視線を逸らさなかった。まるで、銃になど興味がないとでもいうように。その様がまた恐ろしい。俺達側のトレーナーにもそれに感づいた者がいるようで、固唾を飲む音が聞こえた。 「今日は宣戦布告に来た。いつまでも正体を隠すのも面倒だったし。安心して? 俺はフェアな精神だけは捨てない。今ここで、お前を撃つことはしないよ」 「あの時は撃ってきたのに?」 「あれは感情が昂ぶったんだ。謝るよ。でも、死ねばいいって思ったのも確か」 「ピカチュウをなぜ殺した」 「お前が俺のピカチュウを殺したからだ」 「そんな覚えはない」 「お前に覚えがなくてもお前が俺のピカチュウを殺した事実に変わりはないんだよッ!」 ドンッ!と空に弾丸が発射された。 ほぼ発作的な行動だったのだろう。ただ救いだったことは銃口が空へ向けられたことだ。それでも、周囲の空気が凍る。豹変した幼馴染。ギラつく瞳。憎しみに染まる全身。今まで押し潰していた感情が一気に溢れだしたかのようだ。まずい。止めないと。何をしでかすか分からない。反射的に手が伸びた。ガッと彼の腕を掴んで未だ煙を流す銃をひったくるように奪い取る。驚いた顔を向けられた。けれど、すぐに笑みを浮かべられる。 「グリーン、どうしたの」 銃、返してよ。 無言で首を振った。今日は宣戦布告をしに来ただけだ。争いに来たわけじゃない。このまま幼馴染に銃を持たしてはいけないと、直感が告げている。しかしそんな俺の様子を笑って、彼は片腕を俺の抱える銃へと伸ばしてきた。渾身の力を籠められて捕られようとするが、絶対に渡さない。早く、早く帰ろう。もう、帰ろう。分かったじゃないか。敵の姿も。だから、もうこれ以上は止めよう。お前が、壊れてしまう。 「ねぇ、グリーン。俺、君のこと殺したくないんだ」 心臓が握り潰されるかと思った。 そうして気が付いた。いつの間にか、俺の抱く銃の引き金に直接、彼の指が伸びている。このまま引かれてしまえば、そのまま弾丸は俺の体を貫通するだろう。頭を鈍器で殴られた気分だった。このままでは、俺に対して、彼は攻撃を加える。 声が出ない。恐怖に染められた瞳で彼を見れば、ただ――――笑っている。本当は、笑ってないのに。 泣きそうだ。涙なんて、出ないけど。 main ×
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