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き返せない、沼底





 小学校を卒業した時に、ファイアと決定的な壁が出来てしまった。その理由が未だに分からない。卒業記念パーティーをしていて最後の最後、なぜか突き飛ばされた俺は、どうしてもそれからファイアと顔を合わせることが出来なくなっている。また拒絶されてしまうかもしれない恐怖が心に植えつけられてしまった。

 中学校がファイアと一緒になってしまったから、学校で擦れ違うことはあるけれど、小学校の時と同じように一緒に登下校をすることは無い。話す機会も失われている。お隣さん同士であるのに、ファイアがとても遠くへ行ってしまったような錯覚を感じる。
 小学校の時はあれほど仲良くしていた、と思っていたが、良く良く考えて見ると俺は特に何も考えずにファイアと触れ合っていた気がする。もしかすると彼は嫌だったのだろうか、だなんて最近は考えてしまう始末だ。中学校に入って新しい勉強や新しい友達が怒涛の如く押し寄せてくるにも関わらず、俺はいつまでもファイアのことを気にしていた。確かに押さない頃から彼と良く遊んでいたが、ここまで彼に固執するのはそれだけがきっと理由じゃない。

 俺はきっと、彼とキスすることを望んでいるのだ。

 幼い頃に漫画で見たワンシーン。それをファイアと再現することに喜びを見出して以来、それから幾度も彼とキスを繰り返した。あの頃は確かにそれだけだった。俺がファイアに求めているものは、純粋な想いでしかなかった。ああいった特別なことをする存在として、彼は俺を選んだのだ、と信じて疑わなかった。それがどうだ。あの時、キスしようとした俺をファイアは跳ねのけた。理解出来なかった。どうして、俺は嫌われてしまったんだろう。
 彼とキスする時、酷く安心した自分がいた。今となってはそれが出来ないせいか、常に不安が付き纏う。しかし、それだけならまだ良かった。いつかこのグラ付きが安定する時が来るだろうという期待もないことはなかったからだ。けれど、それだけでは済まない事態が起きて来た。

「なぁリーフ、お前好きな奴いねぇの?」

 中学に入ってから出来た友人達と放課後、教室に残って他愛ない話をしていると、突然飛んできた質問。目を丸くしてしまった俺に彼らは笑った。

「隣のクラスの方が可愛い子多いよなぁ」
「そうか? 俺、一番端のクラスの子が結構好み」
「実は部活の先輩にすっげぇ美人な人がいて」

 友人の言葉から出てくるお好みの女の子達の話を、どこか遠くで聞いている気分だった。好きな人。それって、どういうことだ。俺にとって好きな人。真っ先にファイアの顔が浮かんだ。全く話していない今となっても、俺の中で彼の占める割合は相当なものらしい。それにちょっと自嘲気味な笑みを零したが、友人達の会話は勝手に続いていた。それが良からぬ方向へ流れ始めた時、やっと俺は気が付いたのだ。

「でもまぁ、やっぱし彼女作ってヤッてみたいってのが一番の希望だよなー」

 全く、知識が無いわけじゃなかった。
 男であるならば一度は聞いたことのある類の会話。それでも、ズキンッと心臓に痛みが走ったのだ。そして違和感が生じた。頭でリンクしない。俺がファイアのことが好き、というのと、彼らが女の子を好き、ということに隔たりがある。初めてそのことを痛感した。何も言えなくなってしまった俺の顔を不思議そうに皆が覗きこんで、やっと作り笑いを浮かべた。
 ごめん。俺、別に好きな人いない。気になる人もいない。そう言って、その時は場を凌いだが、それ以降どうにもならない悩みが生じることになる。どうして気が付かなかったのか分からない。そういえばかつて告白されたこともあるというのに。男の子は女の子を好きになるし、女の子は男の子を好きになる。それが皆にとって自然なことで。でも俺は同性であるファイアが好きだと思ってしまう。直感的に、友人に決して告げてはいけない気がしたのはきっと正解だったと思う。
 俺はファイアを好きなのだろうか。もしそれが正解だとすると、おそらく間違っている。しかしそれが間違っているとすると、それはそれで間違っている。なんだこれは。何が正しいんだ。

 ファイアに会いたいなぁ。
 自分の部屋のベッドの上で三角座りをして携帯を開けて見る。いつでもボタン一つで彼に連絡を取ることが出来るのに、指を動かすことが出来ない。彼と会いたい気持ちも強いが、会ってしまえば何かしら取り返しのつかないことになるのが目に見えている。何でこんなことに悩んでいるんだろう。逆にいえば、どうして昔はこんなことを悩まずに彼と触れ合っていたのか。そんなの単純明快だ。俺もファイアもあまりに無知だったから、疑うことなんてしなかった。

 ――――――あ、そっか。

 つまりファイアは、一足先に気が付いてしまったのか。
 足指の先から冷えて行く気がした。馬鹿みたい。目頭が熱くなってきて、眉間に変な力が入る。鼻がじんっと疼いた。まずいな。手繰り寄せた布団に顔を押し付けた。何でこんなに悲しくなるのか。当然じゃないか。ファイアは気がついて、俺を拒絶することを選んだ。つまり彼は、そういう意味での俺を否定したということだ。俺は――――失恋した。完膚なきまでに叩きのめされた。どうしよう。俺は彼を好きで、彼も俺を好きだと思っていたのに。違ったのだ。いや、違わなかったのかもしれないが。それでも彼は気がついた後、俺を好きではなくなったのだ。
 気付きたくなかった。こんなこと。いつまでもあのままで居たかった。もう無理だ。それならばどうする。このままでいていいのか。先へ進まずに。そんなの絶対に、嫌だ。

 布団から顔を離して、ぎらつく瞳で虚空を見つめる。これは一種の復讐の類かもしれない。自分に対する。それでも俺は、構わないと思った。



宿す激情









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