color WARing -6- 砕けたスターミーのコアは順調に回復し、ほぼ本来の輝きを取り戻していた。自己再生能力が少しずつ戻っていったためだろう。ヌオーの頭部へのダメージもそれほど大きくはなく、こちらは完全に回復しているに等しい。 カントーハナダジムリーダーのカスミは水タイプポケモンのスペシャリストだと聞いていた。そんな彼女とポケモンが負傷して任務から帰還したという情報が三日前に入る。彼女と会って話したこともない私でも心臓が締め付けられる想いがした。同じ水タイプのポケモンに入れ込んでいるから、というのも大きな原因だっただろう。 各地方のジムトレーナー及びチャンピオンが強制収集されたこの政府本部では、なかなか交流の持てなかった強豪トレーナーと面識を持つ機会でもあった。今回のことで唯一の利点ではないだろうか。嫌なことばかりが多すぎて頭が痛くなるより、少しでも良いことを考えて気分を少しでも楽にしたい。 カントー地方でも有名なお月見山。名前くらいは少し聞いたことのある場所。そこで彼女が使った技も勿論水タイプであっただろうから、相手の死因は溺死。それは彼女の任務前からの確定事項。けれど水と親しく触れていた我々からすれば、それが命を奪う道具になることに酷く罪悪感を覚える。私が直接手を下したわけ出なくても、心が痛い。 カスミと初めて面と向かって話したのは、彼女が病室のベッドで、友人達と話し終えた後。彼らが立ち去ったのを見計らって、入室の許可を求めるノックをした。いきなりの来訪者に戸惑ったのだろう、遠慮がちに「どうぞ」と聞こえてきて、彼女自身はまだゆっくり休んでいたいはずと思いつつも、「失礼します」と一言告げて、ドアをスライドさせる。 私のことは知っていたのか、それほど驚いた顔はされなかった。軽く会釈をされ、こちらも返す。 「ホウエン地方サイユウリーグチャンピオンのミクリです」 「存じてます。私はカントー地方ハナダジムリーダーのカスミです。わざわざ足を運んでいただいてありがとうございます」 「いえ」 今更の自己紹介を終え、来客用のイスに腰掛ける。カスミは顔と両手首に包帯を巻いているくらいで、それほど重い怪我らしきものは伺えなかった。良かった、想像していたものよりもだいぶマシな程度だったようだ。 「スターミーとヌオーは、無事に回復に向かっているようですね」 「えぇ、━━━私のミスでした。敵側の攻撃が全く予測できなくて。姿形も見えませんでした」 「スターミーのあのコアを容易に砕くことは、至難の業でしょう。余程、相手が一枚上手だったということだ」 「ヘタをすれば、私のポケモンは死んでいました。相手がどれほどの強さであろうと、そんなの何の言い訳にもなりません。死んでしまえば、それで終わってしまう」 生きていることが、もしかすれば奇跡なのかもしれない。 カスミの言葉が、嫌に耳を突いた。確かにそうだ。相手が強いなどとは言っていられない。少しの油断が自分とポケモンを引き離してしまう。相手は殺しにかかっているのだ。気を抜いていたなどでは話にならない。これはバトルじゃない。戦争だ。生きるか死ぬか。どちらか一方にならない限り終わる先など見えやしない。勝った負けた。それだけで済む話はとうの昔に置き去りにされてしまったのだ。 「ミクリさん、貴方の手持ちのポケモンは何ですか?」 押し黙ってしまった私を察してか、カスミは唐突に質問を投げた。受け取った私は一瞬何を聞かれているか理解出来ず、けれどすぐに腰に付けているモンスターボールのベルトを取った。これが任務に赴くために容易していあるポケモン達だ。といって、チャンピオンとして使用していたポケモンで構成されているが。 「ホエルオー、ドククラゲ、ルンパッパ、ナマズン、ギャラドス、ミロカロス。これが今の私の手持ちでの最強メンバーです」 「あら、ミロカロスがいるのね。私の手持ちにもいるわ」 「やはり、水タイプならばミロカロスは欠かせない。何より美しい。見ているだけでも心が癒される」 カスミの頬が緩むのが分かった。やはり手持ちが一致することはトレーナーとして嬉しいモノがある。 ミロカロスは一説によると、荒んだ心を癒して争いの気持ちを忘れさせてくれるという。この無益な戦争も、ミロカロスの力が本当ならば簡単に静まるのではないかと幾度となく考えた。けれど、故意的にミロカロスを政府関係者の前でボールから出しても、彼らには全く効果がなかった。それどころか、ポケモンという存在な時点で、すでに嫌悪感を露わにしていた。何と悲しい人達だろう。ポケモンを信用出来ないだなんて。私からすれば人生のほとんどを損しているように思える。 「任務には全員を持っていくの?」 「いや、さすがにそれは無い。せいぜい3匹が限界だろうね」 「そうよ。皆、考えていることは同じ。最高だと思う手持ちを全部持っていく人は誰もいない。いたとしても、それはジムリーダーでも四天王でもチャンピオンでもない、手腕だけを買われたトレーナー達」 他愛ない質問だと、思って油断していた。 カスミの言葉に、ハッとする。しまった、と心臓が握りしめられる思いがした。冷や汗が額から吹き出すのが自分で分かる。彼女は無表情に戻って、淡々と感情の籠っていない声を出した。いや、感情を籠めないように故意にコントロールしたのだ。 「全ての手持ちを持って行けば、全ての手持ちを失ってしまうかもしれない。まるで保険をかけるかのように何匹かは置いて行く。そうでしょ? でもただのトレーナーはいつもの手持ちが側にいないと不安になるから、全部持って行ってしまうの」 的を射た、意見。 おそらく、この本部にいるどのジムトレーナーも四天王もチャンピオンも、認めたくない事柄。そう、自分のポケモンを全て失いたくはないその想いが、まるでポケモンを予備扱いするような事態を生んでいる。初めて任務に赴く時、私もそうだったが無意識に手持ちの数を減らした。想像してしまったのだ。敵に全ての手持ちを殺される光景を。しかし、つまりそれは、任務を共にしたポケモンが死んでも、本部に帰ればまだ自分の手持ちが残っているという安心感をもたらすための行動。 そのことに気が付いて、愕然とした。 結局のところ、私の心の中にも眠っていたのだ。ポケモンをモノのように扱う意識が。 「ねぇ、水ポケモンを扱う貴方なら分かっていると思うけど、私はお月見山で相手を溺死させたわ。スターミーの冷凍ビームで足元を凍らせて、そのまま波乗りで一気にその場を水没させた。私はラプラスに乗ってたから平気。でも相手は藻掻いて泡を吹きながら死んでいった。私はただその様子を見てただけ。当然よね。助けるわけないもの」 自分の言葉に傷つく事も承知で、カスミは話し続けた。容易に光景が想像出来る私からすれば、どれほど残酷な事が彼女の身に降りかかったのか良く分かる。無事に任務から帰って来た所で生きた心地はしないのだ。目の前で逝ってしまった命の事を思い出す度、どうして自分は生きているのか不思議に感じる。彼らは死んでいったのに。そうした自分はどうして生きているのだろうか。 いっその事、感情なんてものがなければどれほど楽だったろう。 「何で私、ジムリーダーになっちゃったんだろ」 震える声が辛い。泣けるものなら泣きたいのだ、彼女だって。声を上げて。そんなことをしても事態が変わらないことくらい、嫌というほど理解している。 もし彼女がジムリーダーになっていなければ、この場には収集されなかったはず。こんな苦しく辛い逃れられないような気持ちにもならなかったはず。ポケモンをモノのように扱う惨めな自分の姿を見ないで済んだはず。はず。はず。そんな仮定の話、考えても仕方がないのに。 しかし、それを今カスミに言い放った所で無意味でしかない。彼女に対してどんな言葉を掛ければ良いのか考えあぐねている内、ポケットに入れているポケギアが振動。 画面に表示されていたのは、セキエイリーグチャンピオンの名。 「どうした」 『レッド君が帰って来たっ』 「……何があった」 『緊急事態だ、チャンピオン陣に収集をかけている。今すぐポケモンセンターに向かってくれ』 「了解。今ちょうど病院の方にいるからすぐに向かう」 『頼んだ』 ピッ。電子音が響いて私はすぐ立ち上がる。カスミが不安気な顔をしていた。彼女は知っているのだろう、今日の任務は誰が担当していたのか。 それでも何も言わないで、私を見送る彼女は強い。そう、問うた所で意味がないことは誰しもが理解している。どんな状況になるかなんて予想がつかない。いちいち心を右往左往させる暇があるのなら、自分の事を優先して考えるべき。 何とも言えない空気が醸し出されたまま、私は彼女の病室を後にするしかなかった。 main ×
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