(沈む夕陽の放った刃)



 王族御用達の馬車が通れば、町民達は膝を地について敬意を表する。例えそれが上辺だけの表現であろうと、やはりその様は壮観だ。くだらない、と一言で切り捨てることが出来ない何かがそこにはある。
 
 幼い王子を連れて隣国へ移り住み、早五年。あっという間に過ぎ去ってしまった月日に、しかしただ過ぎただけではないものだってある。王子は病気など患い事もなく成長してつい先日五歳を迎えた。やんちゃ盛りで困る時もあるが、勉学に対する姿勢も悪くはない。
 しかし、ずっと問題であることもある。それはもはや誰が原因であるのか分からないが、周りからすれば俺が諸悪の根源だと思われている。たまったもんじゃない。

「そりゃ、あからさま過ぎですから。仕方ないですよ」

 目の前に座る、第二王子の教育係が顔を顰めた。

「母親も父親も黒髪なのに金髪の子供が生まれたら、誰でも他の子じゃないかって疑う。しかも相手が王族ときたもんだから、相手が悪すぎた」
「聞き飽きたな、そんなセリフ」
「しかも、あんたがそんな態度じゃぁ周囲も尚更良くは思わない」

 ちょっとでも媚び売りゃいいのに、と呆れたように息をつくこいつ。だが俺は知っている。こいつだって、周囲から良く思われていない。「王子のお気に入り」っていうのは大変だ。こいつだってもっと媚びを売ればいいのに。性格上の問題か、どうやら俺達はそういったことが苦手らしい。どうにも、うまくいかないものだ。

「デンジー! あそこ、牛通ってる!」
「へーへー、分かったからあんまり身を乗り出さないでくれますかね」

 膝の上ではしゃぐ王子の腰をつかんで、自分の膝に引き戻した。ほいほいと窓から身を乗り出されて落ちでもされたらたまったもんじゃない。不規則にゆれる馬車の中。座っているのは合計四人。

「グリーン、ソレと喋るなって何回言ったら分かるわけ」

 不愉快極まりない、と睨み付けられて冷や汗が出てくる。
 この国には一から五まで、王子――つまり王位継承者候補がいるわけだが。
 彼は上から数えて二番目に当たる人物だ。そして、俺からすると一番厄介な存在でもある。なぜか、俺は非常にこの王子様から嫌われているようで。いや、おそらく目の前にいる彼の教育係りと仲が良いことが気に食わないのだと思うが、良い顔をされたことは今まで一度もなかった。
 俺が初めてこの国に来てから、色々と気に掛けてくれるのがグリーンだ。おそらく、これは彼の性分なのだろうけれど、良く世話になっている。
 だがそれに比例して、彼がお世話しなければならない王子様の不機嫌は急上昇だ。そのトバッチリは俺に来るわけで。ソレ呼ばわりされるのは良いが、彼の威圧だけは受けたくない。別にグリーンのせいだと思ったことなんて一度もない。これは俺がどうにかしなければならない問題だろう。
 とりあえず、殺されそうになったことは今までにないことだけ、ラッキーだと言うべきか。

「下賤がこの馬車に乗れているだけでも奇跡なんだって、自覚して欲しいよね」

 明ら様なため息に、作り笑顔をするしかない。
 別に俺は乗りたくて乗っているわけじゃないんだが、という言葉は何とか封じ込めた。変に気を逆撫でる必要はない。こうやって、何も反抗などせずに受け流すしかないのだ。向こうは俺に対してあたることを楽しんでいる。それは、俺が嫌な顔や抵抗をすればもっと楽しいと思っているからだ。だから、こいつの思うとおりの反応などしてやらない。
 いつもこのメンバーで一つの空間にいると、嫌な空気しか生まれない。主にこの王子様の俺への発言のせいだが。そんなにグリーンが大切であるというのなら、それこそ閉じ込めて大切にしてしまえば良いのに。王子の権限を行使すれば人一人監禁することもわけないはずだ。
 まぁ、そんなことをした瞬間に、このグリーンがこのグリーンでなくなることは目に見えているけれど。それをこの王子はちゃんと理解しているようだ。そのところだけ、内心褒めている。いわゆる世間でよくありがちな馬鹿王子ではない。この男は。だからこそ王位継承争いに参加することができる。
 

 一から五までの王子達はそれぞれが強烈な個性を放っている。
 この二番目の王子なども、彼らが全員並んでしまえば存在が掠れてしまうほど。
 レッドの下の王子、つまり三番目の王子の名はゴールド。日々の破天荒な行動に彼の世話係は頭を抱えている。あんな奴の下にならなくて良かったと、おそらく口にすれば極刑扱いされてしまうような感想を抱く。だが、計略的な意味では彼が最もそれに長けている。彼にとっては全て遊びなのだろう。相手を罠にはめることも、自分で戦略を練ることは。将来、軍を指揮する上で重要な能力だ。
 四番目の王子の名はユウキ。物腰の柔らかい少年だ。外交に非常に長けているだろうと今から期待されている。ゴールドのような策略家ではないが、この能力も国にとっては重要となる。日々、老若男女問わずに接する姿や性格の温和さは確かに目を瞠るものがある。ゴールドの下につくよりも下の者達の苦労は少ないだろう。だが、権力争いという点においてあの性格には難があるのではないだろうか、と俺は踏んでいる。
 五番目の王子の名はトウヤ。彼はまだ幼いものの、その予想だにしない行動ぶりで注目を浴びている。近々あったことと言えば、わざと彼自身の部屋の窓を開けておいて、そこへ入ってくる虫や他の生き物を自ら握りつぶしていたことだろうか。床に落とされた数多の虫の死骸に使用人が卒倒した。しかも床が汚れないようにする為だったのか、大きめのシーツを敷けば良かったのに彼はこの国近辺が描かれた大きな地図を敷いていたのだ。つまり、その死骸は地図の上に落ち、あたかもその虫が各地方に住んでいる人々のようで、凄惨な争いを暗示しているように思えた。そこまで想像させた原因は、この国の土地の部分に死骸が落ちていなかったことだ。なぜならちょうどこの国が描かれている部分に彼は椅子を置いて座っていたから。君主気取りか。惨い話だ。まだ幼いが故の行動、とはどうにも割り切れない何かがそこにはあった。

 そしてこの国一番目の王子。
 彼こそがジュンの父親にして王位第一継承者。
 名は、コウキ。
 黒髪の美しい彼こそ、彼女を娶った張本人だ。
 正確に言えば、娶らされた。

 初めて彼の姿を見たとき、殺されるんじゃないかと勝手に思っていた俺からすれば、良い意味で拍子抜けした。特に何かされることもなければ言われることもなく。俺が連れてきた赤子だったジュンを腕に抱いて父親の顔をしていた。その時、もう15歳を迎えようとした彼は立派な大人だ。これから国を背負っていく覚悟を一番瞳に宿していた。彼が王位第一継承者として相応しいと思うのは、その目があるからだ。他の四人にはまだ無い、もしくはまだ薄い部分が、彼には色濃く現れていた。ただ一番目に生まれたから、というだけの理由じゃない。
 彼女に仕えて王族の傍にいた俺だからこそ分かる。この目が無ければ、きっと将来この国はあっという間に傾国してしまう。君主を惑わす絶世の美女がいなくたって、君主が役に立たないただの馬鹿で屑で救いようがなければ、いつだって国は崩壊する。だから少し、安堵した。もしこのまま彼が国を背負い、他の兄弟達と上手く能力を分散させてやっていけば、きっとしばらく争いもなく安泰なのではないかと。

 などと、甘い考えが通じないことは分かっている。

 まず、王子間での権力争いが起こらない可能性などどこにもない。
 下の者達がどの王子につくのか、またどう唆して兄弟間での信頼を失くすのか、誰が最後まで生き残ることが出来るのか、そして将来甘い汁を吸えるのは誰なのか。
 殺し、殺されなんて日常茶飯時だ。反吐が出そうになる。だが、これは当たり前のことだ。だって、そうだろ。最終的には権力を持った者が勝ちなのだ。勝てば官軍。負ければ賊。シンプルな関係だ。賊は、討ち捨てられなければならない。そうやって己の邪魔となるものを排除し、処刑し、何が悪いという。

 さらに、軍部という存在がある。
 軍に入ってた俺だからこそわかる。軍を持つ国は、軍を使う時がなければ、もしくはその時を自らの手で作らなければ、存在意義が失われる。だから、平和が続くことを嫌う。いつでも、敵を作らなければ。なんとしても。無理やりにでも。軍が必要であることを誇示する為に。
 本来ならばこの国の軍事力と拮抗する強国があれば良かったのだが、現在この国の周辺で一番力を持っているのはこの国だ。もしライバル国があれば互いに力を示しあってバランスを取り合えるのに。逆に、そっちの方が争いは起こらず、しかし軍が必要であることは認識されるから、安全な平和が続く。今の平和はある意味で怖い。争いがないことは怖い。いざ、無茶苦茶な理由で争いが起こってしまったとき、どうすれば良いか分からなくなる。もしくは、全く知らない敵が襲ってくる可能性もある。
 さらに状況が悪化すると、争いをしようとしない王族に対して、軍部が反旗を翻す可能性がある。そうなれば最悪だ。王族が皆殺しにされる場合だってある。そうやって崩壊していった国はいくつでもある。

 そんなことに巻き込まれるのは、この王子達だ。


 
「下賤が何を考えたって無駄だよ」

 ふと、耳に飛び込んできた。
 のろのろと顔を上げてレッドを見る。もはや敬称なんてつけていられるか。畜生。
 ふんっ、と鼻で笑いながら彼は続けた。

「国の何を案じてるの。どうせ、何も出来ないくせに」

 全く持って、その通りだ。
 はしゃぎ疲れて眠ってしまったジュンを膝に乗せたまま。眉間に皺を寄せる。ギュッ、と密かに拳を握り締めた。

「そんなガキのお守りしか能のない下賤が、考えること事態がおこがましい。虫唾が走るね。ここは僕の国だ」

 この傲慢さが、逆に彼の強さなのだと思う。
 口だけの発言だったら内心、俺だって怒りの少しは湧いたかもしれないが、彼の言葉は真剣なのだ。いくらこちらを見下していると分かっていても、この国に関する彼の想いは強い。本当に、彼はこの国を自分の国だと思っている。それくらいの揺ぎ無い強さがあることは非常に良いことだと思うが、いかんせん協調性がない。まぁ王子なんてそんなものかもしれないが、彼に勝る自分勝手な人間もいない。
 微妙なラインだ。彼にも確かに上に立つ資格はあるだろうけれど、このまま立ってしまってもいけない。そのことに彼自身が気づいているかは知らないが、それを上手く悟らせるのが従者の役割だろう。グリーンも厄介な王子様を持ってしまったものだ。
 しかし、そんな傲慢チキな王子に気に入られたグリーンはある意味で才能がある。幾人もの使用人を泣かし、絶望に追いやり、追い出させてきた王子に、ようやく着いていくことが出来る使用人。さぞかし王宮内では安堵のため息が響き渡ったことだろう。想像が出来る。

 何も言わずに視線を落とした俺につまらなくなったのか、そのままレッドは窓から見える風景に視線を移した。特に王族が見て楽しいものなど写らないだろうに。彼と会う度にこういった嫌味やら暴言やらを吐かれることにはとっくに慣れたから気にしない。だがグリーンが非常に複雑そうな顔を浮かべている。彼は王子の発言に対して何も言えない。権利を持っていない。そもそも、俺に対して下賤というのなら、グリーンに対してもそう言っていることと同じなのだ。つまり、グリーンが国のことを考えることもおこがましい、と言っているに等しい。そのことに王子は全く気づいていない。それほどまでに彼はグリーンを特別扱いしているから。だが悲しいことに、グリーンは別に王子のお気に入りであるからと言って、自分が特別な立場にいると思うような人間ではない。俺と平等の位置にいると思っている。
 こういったところはこの王子の頭の回らないところだ。だからやはり、こいつは自己中心的なのだと思う。


 陽が暮れていく姿が良く見えた。不意に、どうして俺が今こんなところでそれを拝んでいるのか疑問になる。なぜ、そもそも、俺はここにいるんだろうか。
 答えが俺の膝で寝ていることは分かっていたのに。どうにも、胸に引っ掛かる棘が抜けなかった。
 
 

 

―――――
あとがき
各王子達の紹介。最も末恐ろしいのはトウヤ君です。
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