color WARing -4-


「カスミはっ、カスミの容体は如何ですの!?」
「命に別状は無い。大丈夫だ」

 カントーハナダジムリーダーカスミが帰還した情報は、政府本部に瞬く間に広がる。彼女自身も彼女の手持ちも相当怪我をしてしまったことも、また。
 真っ先に反応したタマムシジムリーダーエリカは、必死の形相で治療室へ向かう。扉の前で待っていたのはカスミを向かえに行ったタケシ。縋りついてきたエリカの肩に両手を置いて、落ち着かせる。けれど、本当に落ち着きたいのはタケシ自身だ。そんなこと、彼は言われなくても分かっている。

「だが、カスミのポケモンが心配だ。特に……スターミーが」
「っ、どういうことですの」
「コアをやられてしまった。スターミーの体の中心で輝いていた、あの赤い部分だ。あれがスターミーの動力源だったから、回復はしばらく遅れるだろうって」
「そんな」
「今回カスミが所持していたのはスターミーとヌオーとラプラス。どうやらランターン、フローゼル、ミロカロスは置いて行ったみたいだ。正解だったな、もし全部持って行っていれば被害は広がっていたかもしれない」

 怪我を負ったスターミーとヌオーは、ポケモンセンターで集中治療を受けている。奇跡的に無事だったラプラスは、とりあえずカスミの所持している他のポケモンがいる場所へ置かれている。主と仲間の不在に心配の色が見え隠れするポケモン達。想像がついて、エリカは泣きそうになった。
 そんな時、立ち尽くすタケシとエリカの元へ、一人の影が近づく。ハッと顔を上げた二人は一斉に顔を向けた。そこに居たのは赤い帽子に、赤い上着を羽織ったトレーナー。そして黄色いポケモン。
 レッドが、ピカチュウを連れて現れていたのだ。

「カスミ、は」
「━━━まだ治療中だが、命に別状はない。安心しろ」

 そう、と小さく呟いて、治療室の前に置いてある椅子に座りこむ。その膝にピカチュウが飛び跳ねてきた。その体勢が当然であるかのよう。タケシとエリカは顔を見合わせる。

「お月見山は、どうなった?」
「え?……ぁ、あぁ、カスミのおかげで被害は食い止められたよ」
「敵は全滅?」
「死体が見つかった。水死体だ。当然だが」

 カスミを相手に焼死体もないだろう。カツラじゃあるまいし。
 レッドの不意の問いに対して、ふざけるように言い放つタケシだったが、その表情は暗い。仲間がまた人を殺した。そして、今度は自分かもしれない。ただひたすら、その連鎖が繰り返される。誰もその輪から逃れることは出来ない。今の状況では。

「お月見山、は」

 ポツリ、零れたほぼ呟きに近い言葉。
 けれどなぜかレッドを中心としたこの空間では、その声がとてもリアルに耳に届いた。エリカとタケシはレッドの言葉に耳を傾けることがまるで義務であるかのように、口を閉じて、黙って聞く姿勢を取った。

「俺が、タケシに勝って、初めてバッジ手に入れて、そして向かった山だった。嬉しくて、一歩また強くなれた気がして、まだまだ俺は強くなるんだって、思って、お月見山を越えた先にはハナダシティがあって、カスミと戦った。水ポケモンがあんなに強いだなんて、その時までは知らなくて、最後のスターミーが強くて強くて、でも勝てた時は嬉しかった。今でも鮮明に覚えてる」

 まるで子供のようだ。
 そう、19歳となっているとしても、彼はあの時の純粋な想いを未だ持っている。ポケモンを初めて貰って、初めてポケモンバトルをして、どんどん強くなっていくポケモンと己がいた、あの時代の想いを。キラキラと輝いて、ずっと手に握りしめていたかったあの想いを。

「貴方達とのバトルは、今でも克明に、思い出す」

 遠い目をしているレッドと、かつて彼らが初めて出会ったレッドの姿ダブって見える。あぁ、なんて懐かしく遠い日々。

「手持ち、随分変わっちゃったみたいだけど、俺にとってはあの時の貴方達とのバトルが、最高だった」

 最高の誉め言葉。
 なのに、どうしてか。その言葉が今では、ただ心に突き刺さる。エリカが堪え切れず、ポロポロと涙を零してしまう。タケシも影を落とした表情で、無言。レッドはそんな二人に何も言わず、ただ膝の上で両手を合わせ、その間にピカチュウを挟み、ただひたすらにカスミを待つ。治療室が使用中であることを示すランプが消えることを、待つ。

「ぁ」

 そこに、小さな声が届いた。三人が顔を上げると、先ほどレッドが現れた所と同じ個所に立つ人物がいる。真っ先に声を掛けたのはタケシだ。

「グリーン、来たのか」
「タケシ、エリカ━━━レッ、ド」

 一気に青ざめて、トキワジムリーダーのグリーンの足が地面に縫いつけられたかのように止まってしまう。
 思わずエリカが泣き顔で駆け寄った。レッドに対しての強烈な罪悪感の意識が未だ戻っていないグリーンは、彼がいるだけで動けなくなってしまうことを理解していたから。

「グリーン、カスミは大丈夫ですよ」
「そ、っか。良かった」
「グリーンこそ大丈夫ですの?」
「あぁ。俺もいつまでも閉じ籠ってちゃ、な。 示し、つかねぇ」

 なんてったって、カントー最強のジムリーダーだからな。

 何とか笑って言おうとしたのに、引き攣るような笑みしか浮かべられなかった。それがただ痛々しい。呆れるように息を吐き出して、徐にレッドが立ちあがる。合わせてピカチュウは見事、膝から飛び降りた。完璧なタイミング。
 突如として近づいてきたレッドに、グリーンの肩が大きく跳ねる。エリカが不安げにレッドを見つめれば、常に無表情な彼からすると有り得ないくらいの頬笑みを浮かべて、エリカの肩を持ち、グリーンから少し引き離す。
 状況が分からず、グリーンが「ぇ、え」と声を零す間に、レッドの右手に拳が作られていることに、彼は気づけない。

 そのまま、グリーンの鳩尾に叩きこんだ。

「!?っ、がぁ、げっほ」
「ちょ、レッド」
「何をしているのですか!?」

 慌てるタケシとエリカ。咳き込んで蹲るしかないグリーン。見下ろすレッド。ついでに、彼は両手をパンパンと払って、踏ん反り返るようにグリーンに言い放った。

「これで、五分五分だからね」

 たった、それだけ。

 そうして、レッドはピカチュウを肩に乗せてその場を離れた。
 置き去りにされた三人は訳が分からず、ぽかんっとしてレッドの後ろ姿を見送るしかない。
 それと同時に、治療室のランプが消える。


 治療を終えたカスミは、それでも笑顔を忘れてはいなかった。エリカが泣きついて、タケシは胸を撫で下ろし、グリーンはほっとして、━━けれど、先ほど受けた拳の痛みを握りしめる。


 その三日後、レッドは任務へと旅立った。ジョウト地方にある怒りの湖を標的にしたテロ組織の殲滅という目的で。
 彼と任務を共にするのは、シルバーという赤髪の少年と、ゴールドという名のジョウトチャンピオンの少年。

 その任務が、この悲惨な争いをさらなる泥沼に誘い込むことになろうとは、誰も予想だにしない。



main


×