color WARing -3-


 お月見山には想い入れがある

 初めて足を踏み入れたのは、ヒトデマンを使ってバトルをしたかったのが理由だった。父が偶然釣り竿で釣り上げて、私に誕生日プレゼントとして与えてくれたヒトデマン。私が水タイプを好むようになったのも、この時からだ。
 お月見山に生息するイシツブテは岩タイプだから、ヒトデマンからすれば有利なわけで。だから訓練するには持って来いだと考えた。ズバットみたいな飛行タイプもいるけれど、ヒトデマンの弱点ではないから大丈夫。それにもしかすればピッピにだって会えるかもしれない、という期待を胸に、毎日のように足を運んだものだ。
 母も私のヤンチャ振りに理解があったから、良くタオルや飲料水、傷薬などなど、とりあえず何かあっても簡単に対処出来る物を持たせてくれた。
 功を奏してヒトデマンはどんどん成長し、ハナダジムリーダー試験を受ける前にスターミーに進化して、今となっては掛け替えのないパートナーだ。何度もトレーナー達に苦戦を味合わせてきた。

 そんなお月見山で、スターミーに今、私は攻撃命令を下している。相手は人間。そして、その人間側にいるポケモン達。

 とりあえずサイコキネシスで相手の動きを奪い、その隙に冷凍ビームで足元を凍らせる。完全に身動きが取れなくなった敵達に対して、波乗り。ラプラスに乗っている私には何の影響もないけれど、地面にへばりついて逃げられない彼らからすれば、波乗りにより出現した大量の水により溺死する可能性があるわけで。
 しかし相手も黙ってはいない。電気ポケモンを繰り出して、十万ボルトを放って来た。けれど、手持ちのヌオーが全て弾き返し、無効化する。
 次に繰り出されたのが草ポケモンだったけれど、直ぐ様ラプラスが吹雪を放った。威力はだいぶ抑えたけれど、あっという間に瀕死状態に追いやる。

 さて、そうこうしている間に敵が意識を失い始めた。藻掻いて、何とか凍った足場から逃れようとして、でも酸素が足りなくなって、白目を剥いて、がぼっげぼと泡を吐き出し、大量に水を飲み込んで、そのまま目を見開いて止まっていく。人工呼吸すれば復活するだろうが、どんどん助かる可能性は時間と共に失われていく。
 このまま私が水を引かなければ、目の前にいる人間もポケモンも死ぬだけだ。
 敵のくせに、私に縋るような目を向けてくる相手。目を逸らして、水を引かせることなく、私は無表情に俯くだけ。

 所謂、見殺し。

 相手は完全に殺さなくてはならない。見逃すような真似をしてしまえば、私と私のポケモン達に政府から罰が与えられてしまう。それだけは避けなくてはならない。
 その為には、彼らを殺すしかない。殺すしか。私の手で。でも、実際技を繰り出したのは私のポケモン達だ。私が命令したからといって、本当に殺したのは彼らなのだ。ポケモンは賢い。自ら命を奪うということを察することが出来る。もしかすれば人間なんかよりもずっと、その想いに囚われるのかもしれない。

 情けない。私は彼らのトレーナーであるというのに。

 ポケモン達を武器として使用する。
 誰か一人くらい想像したことがあるかもしれないそんなことが、現実となってしまった。
 そもそも、良く考えてみたらポケモン達の覚える技というものは、確かに本気で相手に与えれば死に至らしめることの出来るものが多い。しかし今まで、それを武器として使う人なんて表れることはなかった。そんな発想、有り得なかったからだ。
 ポケモンは、友人である。友人を武器として扱い、命を奪わせることなんてさせられるわけがない。
 けれど、私は政府の脅しに屈し、こうやって手持ちの彼らを使い敵を攻撃している。そうしないと自分達が危ないから。自分達の命を守るためには敵の命を奪う。天秤に釣り合っているはず。━━━そう、言い聞かせる。
 分かっている。自分が殺人を犯していることくらい。ポケモンだって殺していることくらい。でも他にどうしろというのだろうか。そうしないと私の大切なポケモン達が酷い目に遭う。下手をすれば死んでしまうのだ。それだけは嫌だ。

 あぁ、何て汚く愚か。自分のしていることを正当化しようと必死過ぎる。馬鹿みたいだ。畜生。

 政府に収集された時、見知ったトレーナーも見知らぬトレーナーも、全員が同じ気持ちになった。そして、今の私のように葛藤している。今も、し続けている。
 特にトキワジムリーダーであるグリーンは、酷く心を病んでいる。一番最初に辛い想いをしたのは彼だ。目の前で、イーブイを殺されかけたから。
 その場に居合わせたタマムシジムリーダーであり親友のエリカは、相当なショックを受けてしばらく声が出せなかったという。私の元に来て泣きに泣いた。
 さらに、彼の幼馴染であるあのレッドまでもが政府に収集されることとなる。かつてカントージムを制覇して、セキエイリーグチャンピオンとなり、シロガネ山で密かに修行を続けていた彼は、どのトレーナー達よりもズバ抜けた強さを持っていた。
 しかし彼のポケモンにだけ爆破装置が付けられたと聞いた時は、皆が抗議の声を上げた。レッドと今まで一言も喋ったことのない他の地方のジムリーダーや四天王でさえ、怒りを露わにしたのだ。
 けれどそんなことで政府が方針を変えるわけもなく、これ以上反対意見を示すなら例の制約を発動する、とまで言われ、皆が口を噤んだ。レッドと彼のポケモン達は私達何かよりもずっと政府に縛られることとなる。
 そのことを聞いて、グリーンはさらに自分を追い詰めていることも知っている。誰もどうしようも出来なかったことをいつまでも責めても仕方がないのに、彼はずっと苛まれている。政府も今の彼の精神状態では役に立たないと思っているらしく、グリーンに出撃命令はとりあえず出たことはないが、そんな悠長なことも言っていられなくなるだろう。

 いつかは、彼も他の皆と同じように、命を奪う行為を働かなくてはならないのだ。

 不意に、ラプラスとスターミー、ヌオーが何かを察したように真剣な表情で辺りを見回し始めた。ポケモンは基本的に私達人間なんかよりも余程気配に敏感だ。もしかすれば新手だろうか。じっとして感覚神経を総動員する。しかし何も見えなければ聞こえもしない。不審に思って、外部と連絡を取ろうと耳に付けてある通信用のイヤホンとマイクの付いた装置にスイッチを入れる。

「洞窟内の敵はだいたい制圧したわよ。でもポケモン達の様子がおかしいの、もしかしたらまだ敵がいるかもしれないわ」
『了解。外の方はとりあえず敵の気配はない。警戒を怠るな』
「了解」

 ピッ。電子音と共に、通信は切れた。その瞬間、背筋に悪寒が走る。

ハッとした時すでに遅く、パキンッ!!と響いた音と共に、スターミーが水に浮かんでいる姿が目に入る。さらに水中にキラキラとした何かが浮遊していた。あの体の中心にある赤い水晶、コアが砕けていたのだ。何ということだ、あれはスターミーの心臓部に値する。
 ぁ、と小さく声を漏らす暇など、本当はなかった。次いで、ガンッと鈍い音が耳に届く。発生源に目を向ければヌオーが頭部から血を流して倒れていた。血の気が引く。急いでラプラスに滅びの歌の発動を命じた。心臓に重くのしかかる、破滅の音色。これを聞いたからには、この場から退かなければ相手はしばらくした後、瀕死状態に陥るはず。それだけは避けたいはずだ。かくいう私とラプラスもそうなのだけれど。
 直後、スターミーとヌオーとラプラスをモンスターボールに戻して、急いで元来た道を走り出した。これ以上彼らを傷つけるわけにはいかない。スターミーの自己再生能力はコアを破壊されたことでかなり低くなっているはず。それにヌオーもどうやら頭部を殴られたようで、もしかすれば致命傷となっているかもしれない。早くポケモンセンターに連れていかなければ。ラプラスだけでも無傷で良かった。
 全く敵の姿が見えなかったけれど、それを分析している暇もない。とりあえず先ほど溺れさせた人間とポケモンはおそらく、あのまま死んでいくだろう。私の任務は果たせたはずだ。政府の報告していたお月見山の侵入者はとりあえず排除した。新たな侵入者を排除する必要なんてないはずだ。屁理屈であることは分かっているけれど、このままでは自分の身が危険。
 走る途中、後ろから何かが追いかけている気がしてならなかった。それでも振り向くことをしてはいけない。がむしゃらに出口に向かった。幼い頃から分かっているお月見山だ、迷うなんてことはない。
 出口の明かりが見えた。もうすぐだ。出られる。良かった。これで皆を回復出来る。ごめんねスターミー、ヌオー、早く治療してあげるから。

 ほっと息を抜いた瞬間、何かに右足を掴まれた。

 顔面から地面に落下する。鼻に激痛が走った。さらにグチッと舌を噛んでしまって、口内に血の味が広がる。挙句の果てに両手を変な方向についてしまったがため、手首を痛める。胸部も叩きつけてしまい、息が詰まった。衝撃で頭がクラクラする。もうすぐ出口なのに。どうして。霞む視界で足元を見ると、何か草ポケモンの蔓のようで、良くその先に目を凝らせばモンジャラらしき姿が見えた。お月見山にモンジャラは出現しない。つまり、誰かトレーナーのポケモンである以外に有り得ない。
 しまった、と思っても遅い。さっき外部と通信はしたけれど、救援を要請したわけではないから、おそらく助けは来ないだろう。
 せめて、せめて持っているポケモンだけでも、お願いだ、助けて、ごめんなさい、これは罰だろうか、あの敵を見殺しにした、私が今まで殺してしまった命達の、政府の罰を恐れて罪を犯した私への、制裁。
 嗚咽が零れる。涙も鼻水も涎も止まらない。痛みが全身を掛ける。これは肉体的なものなのか、それとも精神的なものなのか。問うまでもない。両方だ。

「あ゛っ、あ゛ぁあ゛あ゛だず、っ、だぁずげっ、でぇ゛…!!」

 叫ぼうにも喉が潰されてしまったかのように、声が上手く出せない。噛み切れた舌から出た血が唾と共に吐き出される。言葉が出ない。息を吸い過ぎて過呼吸を起こしてしまったかのようだ。ずるずると、尚私を引きずり込もうとする影。抗おうとしても、さきほどの転倒でダメージを受けた私の体では難しい。爪が剥がれるのも関係なく地面を掴もうとしたが、それよりも蔓の力の方が強かった。
 徐々に徐々に、暗闇へ呑まれていく己の体。
 希望さえ、呑まれていく。嫌だ、まだ、ダメだ、死にたくない。私は死にたくない、死にたくない。
 そうすると、いきなりモンスターボールから赤い光が放たれた。出現したのは無傷のラプラスで、吹雪を放ち、敵に攻撃を与える。瞬間、足が蔓から解放された。相手はやはりモンジャラだったようだ。

「ら゛、ぷらぁ」

 もう名前すらまともに呼べていないのに。何の指示もなく吹雪を放ったラプラスは、焦った顔で私に駆け寄ってきた。何とか背に乗せようとしてくれたようだが、全く力が入らない。地面に体力を全て奪われたような気がしたが、それにしても疲労感が酷い。
 そういえば、モンジャラは吸い取るを覚えるはずだ。もしかすれば、それで体力を密かに奪われていたのだろうか。
 ズルズルと最後の力を振り絞り、何とかラプラスの背中を掴む。けれど乗り上げる気力は残されていなかった。すると、ラプラスが波乗りを発動する。そのまま出口まで水に流されつつ、どうにか脱出した。私の状態を考慮してくれたようで、穏やかな波加減だった。有り難い。
 お月見山から出れば、待っていてくれたのはニビジムリーダーのタケシだ。救援要請をしていなかったけれど、外部に連絡をした時点で、どうやら呼んでくれたらしい。ニビシティもまたお月見山が近い。タケシもここには彼なりの想い入れがあるようで。だから派遣されたのだろう。

「カスミ!!」

 ラプラスが運んできた私の様子に愕然とした様子で、タケシはすぐ駆け寄って来てくれた。ラプラスは自ずからモンスターボールに戻り、私を横抱きにしたタケシの邪魔をしないようにする。とてつもなく賢い。私は本当にポケモンに恵まれたのだ。



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