color WARing -2-


 瓦礫の積み上がる、故郷を見下げた。かつて遊んだ公園も、水遊びをした小川も、虫取りをした草むらも、迷い込んだ森も、━━━我が家も、何もかもが跡形もなく崩れ去っていた。焼き焦げた土地、僅かに残っている家だったモノ。あぁ、まさしくここはマサラタウンなのだろう。この町の名前の由来はそんな意味ではなかったというのに。俺にとっての全ての始まりの場所は、壊された。誰が何のために? そんなこと知りたくもない。
 膝をついて、茫然とその様を眺める。もう取り返しの付かない情景に言葉も出ない。涙も出ない。俺の横で俯くピカチュウも同じ気持ちであるようで。ただ沈痛な顔をしていた。こんなピカチュウ、いつ以来だろう。

 「一週間ほど前、この町は襲撃を受けました。奇跡的に死者数はゼロでしたが、建物はほぼ全壊し、また人が住めるようになるには時間がかかるでしょう。森も焼かれ、川も汚され、土地は死んでいます」

 俺の後ろで何やらごちゃごちゃと話し続ける、忌まわしい声。
 黙れ、そんな淡々と、俺の町の状況を説明するな。お前に何が分かる。ここは俺の故郷だ。お前がここにあった建物や森、川や土地の何を知る。俺を包み込んで育ててくれた空気。旅立つ時も見送ってくれた空。その何を、お前は知っている。
 睨みつけるように振り返れば、相手は嘲笑を浮かべていた。

 「ここをこんなことにした集団が、憎いでしょう?」

 憎い? 憎いとは何だったろう。ずっとシロガネ山に居れば、そんな感情を抱くことなんて無かった。どうして俺はここにいる。ここに呼び寄せたのは誰だ。お前らだ。お前らが俺をここに呼び寄せたのだ。憎むのなら俺はお前らを憎む。故郷を叩き潰した集団よりお前らの方がよっぽど憎い。こんなものを見せて来たお前らが憎い。同じように叩き潰してやりたい。唸る激情の渦がガンガンと頭に殴りかかってきて、クラクラしてくる。気持ち悪い。

 「情報によれば、次の標的はお月見山だそうです。貴重なポケモンや石が存在しているそうですね、その山には。おそらく、奴らは殲滅しようとしますよ。生息するポケモンも、環境も」

 どうやら相手は、俺がテロ集団に憎しみを向けていると思っているようだ。甚だ勘違い。ピカチュウの頬からバチッと電気が放たれかけている。怒りで溜まった電気が溢れ出ようとしているかのようだ。俺の感情とピカチュウ自身の感情と、どちらも受け入れた頬の袋が爆発しそうになっている。そんなことが分からないほど俺達は短い付き合いではない。あぁ、そうだ。この町を出てからずっと一緒に離れず共にしてきた相棒。俺と同じくらい傷ついているはずだ。
 帽子の鍔を掴み深く被り直した俺は、小さく、指でピカチュウに合図した。その些細な動きを相棒は見逃さない。そのまま、奴に向かって電気ショックを放つ。ただのポケモンの電気ショックならば、まだ命に別状はないだろうが、俺のピカチュウならば話が違う。

 「!?っ、な゛」

 ちょうど、奴を囲むように足元の土が弾け飛んだ。
 大きく抉られた地面が四方八方に飛び散り、青白い閃光と礫が奴を襲う。そうして情けなく尻餅を着いた。ざまぁみろ。鼻で嗤い、俺はリザードンをモンスターボールから解き放つ。そのまま背に乗って政府本部へ帰ることにした。
 何も言えず、その様子を見送る相手。最後に命令も何もしていないが、俺の肩に乗ったピカチュウが一撃をお見舞いする。上から降る電撃はまるで雷のようで、奴はぎゃぁっと叫んで地面に蹲った。馬鹿らしい。この町が受けた攻撃はこの程度のものではなかった。
 ピカチュウの頭を撫でて、落ち着かせる。かく言う俺も人のことは言えない。深呼吸をして気持ちを整える。ふと、ピカチュウとリザードンに付けられた首輪に目がいってしまった。白くちょっと太みのある、所々チカチカ光るランプが付いている。そ
 れが強制的に付けられた小型爆弾であることは、しばらく前に聞かされた。

 なぜこんなことになってしまったのだろう。この世界は、こんなにも醜かっただろうか。

 かつて俺が壊滅させたロケット団という組織があった。彼らはポケモンを使って悪事を働いてはいたが、命を消すようなことはしていなかった。彼らはまだポケモンを武器として使っていたわけではなかったからだろう。だから11歳の俺でも対抗出来たのだ。
 俺と、彼らは対等な立場であったから。
 ポケモンを使ってバトルする。そのライン上に皆が立っていた。だから俺でも彼らを打ち負かすことが出来たのだ。別に凄いことでも何でもない。俺がチャンピオンになったこともそう。それを言えば、俺の幼馴染だってチャンピオンだったのだ。偶然、俺がすぐ後を追いかけて、その最終バトルで負けてしまっただけであって、俺と彼にはそれほど差があったわけではない。
 各地のジムトレーナーだって、四天王だって、数多のトレーナーだって、実力差実力差と叫ばれるが、俺からすればほとんど関係ないのではないか、と思う。そんなくだらないことを叫ぶことよい、もっと大切なことがあるはずだ。
 偶然、俺はそれをいち早く理解してしまっていただけ。

 しかし、今回ばかりは話が違う。

 ポケモンを本当に武器として扱う。平然と町を潰す。人を殺す。ポケモンを殺す。そんな奴らが出現してしまった。何たることだ。シロガネ山から政府の収集とやらを受けて下り、他のトレーナー達の集まる政府本部へ赴いた俺を待っていたの、かつての旧友や見知らぬ人々。真っ先に駆け寄ってきたのは幼馴染で、いきなり俺の胸倉を掴んで泣き崩れた。
 「ごめん」「俺のせいで」「巻き込んじまって」「俺が弱いから」
 何を言われているのかさっぱり理解出来なかった。俺は、皆が自らの意思で戦闘に参加すると伝えられていたから。もっと皆が堂々としていると思った。それなのに、予想に反して皆の表情は不安と恐怖に満ちていて、ただ困惑する。
 俺が、「皆、自分の意志でここに来たんでしょ?」と告げると、幼馴染はバッと顔を上げる。信じられない、という瞳で見つめられ、そのボロボロの泣き顔を服の袖で拭う。

 「お前、聞かされてないのか」

 震える声で問われ、何を、と告げる前に、俺は政府関係者に腕を掴まれて、ずるずると引きずられるように奥の部屋へと案内された。その間、色んなトレーナーに見つめられた。俺のことをどう聞かされているかは知らないが、皆が縋るような瞳であることだけは分かった。俺に一体、何を求めているというのだろう。

 そうして、奥の部屋で説明された驚愕の事実に、ただ絶望した。

 そんな話、聞いてない。逆らえばポケモンを没収だなんて、挙句戦闘に参加させるだなんて、どうして。こんなの脅迫ではないか。
 誰も自らここに足を踏み入れた者などいない。シロガネ山の時とは全く違う説明に、激怒した。思わずモンスターボールに手を伸ばそうとして、でもここに入る時に政府に預けてしまったことを思い出す。何ということだ、全ては彼らの手の平の上。
 きっと、そのことをシロガネ山の時点で話せば、俺が収集を拒絶することを分かっていたから、話さなかったのだろう。良く考えてみれば、そんな作戦、優秀なポケモントレーナー達なら尚更、参加するわけがなかったのに。皆が何かしらの理由があるからこそ参加したに決まっていたのに。

 さらに、俺のポケモンは検査でもレベルの高さが認められたか何だか知らないが、他のトレーナー達と比べて制約が付いてしまった。
 彼ら一匹一匹の首に、操作式の小型爆弾の首輪をつけることになってしまったのだ。
 もしこれから先、俺が政府に逆らうようなことがあったり、また俺のポケモンが敵の元へ渡ってしまったのなら、容赦なくポケモンは爆破される。
 まさかの話に、発狂。視界が真っ赤に燃えるような気がして、怒鳴り散らし、目の前で説明する関係者を殴りかかろうとしたが、周りに控えていた奴らに床に叩きつけられ、抑え込まれる。逃げ場は完全になくなった。
 勿論、これが他のトレーナー達への牽制であることは良く分かった。つまり、逆らうとどうなるか、という見せしめに俺が選ばれたというわけだ。こんな爆弾を開発した愚か者がいること自体嘆かわしいことではあったが、俺はこれから政府の奴隷として行動しなければならなくなる。俺のポケモン達がちょっとでも長く生きられるように余計なことは出来ない。これほど長く一緒に居て来た仲間達に対して、今更俺は罪悪感を抱くハメとなる。俺のポケモンとして存在していることを、彼らは誇りに思ってくれているのだろうか。

 こんなことになるならポケモントレーナーとしてなんて存在していなければ良かったのに。

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