( 激情 )



 ※パロではない。上の二つの学パロとは全く関係がない。死ネタ。微グロ注意。



 両腕に抱くジュンの体の冷たさが、ジワリッと僕の胸に沁み込んでくるのを感じて、安堵の息を零した。あぁ、これで僕も君と同じ体温になれる。このまま平衡状態へと進んでいくことが出来ば、僕とジュンは同化出来るに違いない。そうなればきっと僕とジュンは永遠に一緒にいられる。馬鹿げた幻想が目の前に浮かんで、けれどすぐに霞んでいった。あぁ、やっぱりダメなのか。これだけ強く抱きしめていても、きっと僕とジュンは一緒にはなれない。すぐ後を追おうとしてもきっとダメだ。追った所で、もう僕はジュンには追いつけない。どうしてだろう。僕はこんなにもジュンを愛して止まないのに、これほど簡単に単純なことで別れなければならないなんて。理解が出来ない。したくもない。

 雨の降りしきる崖の下。両足とも使い物にならなくなった状態で、僕はただ只管にジュンの亡骸を抱いていた。それしか僕に出来ることはなかった。

 無意識に近かった。偶然バトルをしていたら足場が崩れて、そのままジュンだけが落ちようとしていた所に、手を伸ばしたのは。ほぼ反射だったと言える。本能だ。君だけを落とさせてはならないと、脳が警鐘を鳴らした。けれど結果はこのザマで。伸ばした手はジュンの服を掠っただけで無意味に終わり、僕もまた一緒に落下した。その時にジュンと視線が合う。一瞬だったけれど、その瞠目している目が僕に「来るな」と言っていたように感じた。直後、苦痛に歪められた双眸。しかし彼は分かっていたに違いない。僕がたとえジュンに怒鳴られた所で、ジュンをただ見離すようなことはしないことぐらい。
 偶然だったのか、僕は奇跡的に両足を骨折しただけで済んだ。まぁ、骨折と言っても複雑骨折で、皮膚を突き破った骨の先端が見えている。出血もだいぶ酷い。あぁ、それでもこの両腕だけでも動いてくれて良かった。しばらくは死にたくなる痛みに声も出ず悶え苦しみ、ジュンの姿を眼に入れることすら出来ず絶叫していた僕だったけれど、出血していくにつれ頭がどうにもボンヤリと霞み、痛みがじょじょに薄れてくるにつれ、やっとのこと視線を彼へとやった。ジュンは頭部がもう半分削れてしまって、おそらく即死だった。あらぬ方向に曲がった体。その痛みを感じる間もなく逝けたジュンに、胸を撫でおろす。良かった。僕のように激痛を味わう間もなく逝けたのだ。ジュンは。それだけでも、良かった。ジュンの血と僕の血が混じっていくのが分かる。物質的には決して融合なんて出来ない。繋がることは出来ない。それでも願わずにはいられないのだ。どうか、ジュンと僕を融け合わせてくれ、と。離れ離れになんてなりたくない。ずっと一緒にいられるはずだったのに。
 なんとかジュンににじり寄って、でも足が言うことを聞いてくれないから苦労したが、ジュンを抱きしめることに成功して、今に至るわけだけれども。母さんや博士、その他お世話になった人達に何も言えずに別れることになってしまうなんて。ジュンだって母さんや父さんがいるっていうのに。命なんて、こんなあっさり消えてしまうちっぽけなものだ。そんな事実、こんな時に痛感したくはなかったけれど。

 奇妙な気分だ。今まで自分が死んでしまうなんて考えたことも無くて、未知の体験だというのに心は平静。波一つ立っていない湖面のような。その水面下では本来なら抑えきれないほどの苦しみと後悔があるのに、それは全て抑えられてしまっている。きっとジュンのおかげなのだろう。彼が傍に、いてくれるという錯覚。そう、幻想であることは分かっている。それでもこの両腕で今、ジュンを抱いているという証拠がこの壊れていく身に浸透していくだけでも、救われるのだ。あぁでも、本当は僕はもうジュンとはお別れしているのだけれど。その真実には目を向けようとしていないところ、都合の良い人間だ。しかし最後の最期くらい、夢を見させてくれてもいいだろ? 結局の所、ジュンへ想いを伝えることが出来なかったこんな最低な僕に、せめてもの夢を見させてくれてもいいじゃないか。二人しかいない崖の下。冷えていくと同時に混じり合って行く血液。侵略する雨が頬を流れる。ついでに涙も掻き消して欲しかった。
 ねぇジュン。僕はね、ずっと君が好きだったんだ。出来ればお付き合いなんてしてみて、一緒に手を繋いで歩いたりだってしたかった。恋人っていう関係になりたかったんだ。今更言ったって遅いよね。泣いたって遅いよね。でもさ、僕は怖かったんだ。君にもしこの気持ちを伝えたら、色んなものが壊れてしまう気がして。たとえ君が僕と同じ想いだったとしても、何かが必ず壊れてしまう気がして。その得体の知れない、表現の出来ない恐怖に僕はずっと負け続けて、こうして君に想いを伝えることが出来なかった。何でだろうね。こんなにも後悔するなら、言っておけば良かったのに。だって、僕が言おうが言おうまいが、一番大切な君と僕が壊れてしまったら、もうどうしようもないじゃないか。僕は甘かった。あまりに何も考えていなかった。僕は、どこかで自分がいつまでも生きられるんじゃないか、だなんて馬鹿げた妄想をしていた。そしてジュン、君もずっと僕の隣にいてくれるものだと、思い込んでいた。死というものが必ず全ての存在に対して等しく訪れることを知識として頭に入れているだけであって、それを自分に当てはめることをしていなかった。馬鹿だ。本当に。愚か者だ。こんな、こんな時に気が付くなんて。
 意識が霞んでもう思考が回らなくなってくる。全身の血液が全て体から流れる前に、死んでしまうだろう。どれくらいの出血で人間は死ぬんだったか。まぁ、痛みでショック死してしまわなかったことだけマシか。こうやって、一方的にジュンの体に向かってつらつらと想いを吐きだせることが出来たのだから。出来れば、ジュンに聞いて欲しかったのだけれど、こんなチッポケで救いようのない僕にそんな救い、ありはしない。

 曇天の空が近づいてくる。その向こうに、ジュンの姿はない。
 



×