( 渇望する )
君を無意識に求めるようになってしまったのは、僕だけが変わっていってしまったからだろうか。
昔から同じ目線に立ち、隣同士だった僕達は、同じように成長していったと感じていた。しかし実際はまるで僕だけが君を引き離して、大人へと向かっていってしまっているように思う。色々と不安に駆られて、将来のことを考えるようになっていく僕に対して、いつまでも子供の頃のようにはしゃぎ続ける君。明らかな温度差を感じ、違和感を覚え、気が付けば全く僕と君は立っている場所が違っていることに気が付いた。
だから僕はきっと君を渇望したいのだと思う。僕が立っているこの場所があまりに不安定で、君のいる大地は確固たるものがあるから。どこを目指せば良いか分からない僕とは違って、君は常にブレていない。いないように見える。それが羨ましい。それを求めたい。欲しい。
「何だよコウキ、顔が不細工だぞー」
不意に、僕の顔を覗きこんできた君の顔は、とても明るく美しさすら覚える。学校の屋上で寝っ転がっている僕。堕ちて行こうとした思考回路を堰き止めたのは君。僕の名前を呼んでくれる声の響き。最近となっては君の存在を愛おしく思う僕がいる。ふっ、と顔が緩んだ。それを見た君は、さらに大輪の笑顔を向けてくる。どうしてそれほど心から笑うことが出来るのだろう。どうやら君の笑顔には限界が無いようだ。
「教室戻んねぇの?」
「うん。もうちょっと」
「昼休み後十分くらいだけど」
「授業までには帰るよ」
「そうやって油断して遅刻した回数、何回だ?」
「数えてない」
ほらみてみろ。そう言いながらも僕の隣に寝転がってきた君の行動は、矛盾しているんじゃないだろうか。けれど僕はそのことを口にしない。僕の隣に君がいる。それは以前までは当然のことだったのに、今となってはこんなに君が近くにいても僕は錯覚を起こすのだ。まるで君との間に亀裂が生じているような。君はそんな風に感じてはいないのだろうけれど、僕はそう思ってしまう。どうしても。その違和感が心に引っ掛かってしまって、せっかく君が隣で寝てくれてもただ変な気しかしない。昔ならこんなこと有り得なかったのに。もう一度、かつて君の隣に並んでいた僕に戻ることが出来るのなら、こんな悩みなんて起こさないはずだけれど、それはもう不可能なことだった。だって僕はもうこんなにも考える人間になってしまったのだ。余計なことまでも考えて、どこまでも深みにはまって行く人間になってしまったのだ。色んな汚いことも知って、それで染められていく自分に自己嫌悪する人間になってしまったのだ。もう、あの純真な自分には戻れない。それに比べて、君はずっとその純粋な気持ちを保っている。それがどうしても僕にとっては眩し過ぎる。もしかしたら僕は、いつかその光で焼かれ死んでしまうかもしれない。
それでもなぜか、手に入れたいと思ってしまう。もしかすれば、これは自分の身を焼く行為となるのかもしれないのに。
「なぁコウキ」
放課後、ゲーセン行く?
不意に耳に飛び込んできた声に、視線をそちらへ向ける。誘いを断る理由なんてない。頷けば、君はまた嬉しそうに笑う。あぁ、やっぱり僕の心はとてつもなく渇いてしまっているようで。思わず潤いを求めたと言えばそうだ。そう、言い訳をしよう。
無意識の行動。
唇に触れた、温もり。
「━━━?」
目を見開いて、状況を理解出来ていない君の顔には、先ほどまでの笑顔は無かった。あっ、と僕が小さく声を零した時。僕もまた、状況を理解していなかった。
クチビル ニ イマ ナニガ フレタ ?
けれど、その時間もほんの数秒のことで。お互いにほぼ同時に把握してしまったのだ。一斉に上体を起こして急いで服の袖で唇を擦った。お互い、何をやっているんだか。
「ばっ、な、ぁ、なに、なにし」
心臓がバクバクして煩くて君の声がイマイチ耳に届かない。僕から仕掛けた行為だったのに、僕までもが唇を拭っているなんておかしな話。それでも多分、恥ずかしくて恥ずかしくて溜まらなかった。もう痛くなるくらい擦り続ける。皮が剥けてしまっても関係が無い。頬が熱い。これはきっと、君に焼かれてしまったからだ。そうに違いない。
太陽が見下ろすこの屋上で。お互いにその場から動けなくなっている僕達をまるで嘲笑うかのように、午後の授業開始のベルが鳴った。
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