color WARing -17- 恐れていた最悪の事態が二度も連続して起こってしまった。 ジョウト地方エンジュシティジムリーダー、マツバが死亡したとの報告を私が受けたのは、彼の遺体がこの本部に運び込まれてすぐ。彼と同じジョウト地方キキョウシティジムリーダーであるハヤトが彼を発見し、連れ帰ってくれた。半狂乱となってしまったのか、本部の人間が彼に詳しいことを尋ねようとしても返答がない。虚ろな瞳のまま口を開けなくなってしまった彼はただ沈黙を貫いた。現場の状況や彼の死因など、詳しいことは後々の捜査班が調べたようだ。その結果はまだ開示されていない。 私も急いで駆けつけたものの、その時にはすでに他のジョウト地方のジムリーダー全員が発狂したかのような怒声と罵声で本部の人間であり死体処理を担当している者へ嬲り殺さんばかりの勢いで詰め寄っていた。あのイブキでさえ冷静さを欠いていた所かその筆頭に立っていたものだから、もはや私の声すら届かないのではと足が止まり掛けてしまったほどだ。しかしジョウト・カントー地方のチャンピオンとして動く義務が私にはある。私情に囚われるわけにはいかないのだ。いくら本部の人間が憎かったとしても。━━━いくら仲間の死が悔やまれようとも。 「全員、落ち着け」 手持ちのカイリューを全て出現させて、ジョウト地方の精鋭陣の前へと進み出る。さすがにそこはジムリーダーだ、気配を察して彼らは全員振り返る。その中でイブキが息を呑むのを確認し、一歩ずつ彼らに近づいた。表情を強張らせている様子が手に取るように分かる。けれど、ただ単に私に屈するつもりなどないことは確かだ。 攻撃を加えるつもりなどさらさらはないが、なるべく彼らの気を落ち着かせるためにもこちらから威圧を加えるしかない。その判断でなるべくカイチュー達に殺気を飛ばしてもらってはいるが、ジョウト地方の精鋭メンバーの眼光に彼らもたじろいでいる。彼らの憎しみを受け止められるほど私のポケモン達は強くはない。 ならば、私が受け止めなければ。 「今まさにテロ組織が動いているこの瞬間に、君達程のレベルのトレーナー達が取り乱している暇はない。とりあえずこの場から身を引いて━━」 「殺されたんやで」 ドスの利いた声というのは、こういうものを指すのだろう。 一歩、私の前に進み出て来た赤髪を二つ括りにした女の子。 「マツバが、殺されたんや」 「分かっている」 「仲間が死んだんやで」 「分かっている」 「分かっとらん」 コガネシティジムリーダー、アカネ。 ピリピリと肌に走る殺気。あぁ、こんな子でさえも悲しみと怒りに囚われて雁字搦めになっている。震えている声。それは決して恐怖のせいではなく、感情を抑えきれないが故。心の中で処理をすることなんて出来るはずが無い。死んでしまったのだ。ずっと一緒に、まだ一緒に居られたはずの仲間が。彼女の言葉は確かに、私の心に巻き付いた。キリキリと締め上げられるのを感じ、唇を噛む。 「マツバが、殺されたんやで」 その意味が、分かっているのか? と。 私に問うその瞳。奥に渦巻く憎悪の炎。垣間見て、しかし私は目を逸らしはしない。逸らしてはいけない。 「死んで、もた」 もう会えん。 ボロッと彼女の両目から溢れ出した涙。直後、耳に叩きこまれる絶叫。先程までの怒声や罵声とは違う、悲痛な叫びだ。それは周りのジムリーダー全員に感染した。彼らの泣き声が本部を包み込む。これはきっと他のトレーナー達にも聞こえているであろう。ただそれに抱かれた私はやっとのこと目を閉じた。一人のトレーナーの死。それを受け入れきれるのか。果たして。額に汗が滲み出る。レッド君のピカチュウの死をやっとのこと受け入れ始めようと皆が整理を付けようとしていた矢先のこと。立て続けに起こる死の連鎖にもう皆が堪えられなくなってしまう。このままではテロ組織と戦う以前の問題だ。皆が病んで心が死んでいってしまう。 しかしこれからはさらに泥沼と化すだろう。ここにいるメンバーの誰かが明日には消えてしまっているかもしれない。隣にいるのが当然だった存在が明日にはもう消えてしまっているかもしれない。その恐怖。その絶望。想像が現実となってしまう残酷さ。本来のポケモンバトルであれば決して味わうことの無い負の連鎖。出来れば一生、こんな渦の中に飛び込むことなんてしたくはなかったというのに。それはこの本部にいる全員が常に願っていることだ。 こんな想いをするために、私達はポケモントレーナーになったわけじゃない。 友と共に、生きて来たわけじゃない。 「ワタル、さん」 か細く消え入ってしまいそうな声が、絶叫の海の中から聞こえて来た。 ハッ、として後ろを振り返れば、ヒビキ君がそこにいた。いつの間にか私のマントが握られていて、それに気付けない程自分の思考回路の没頭していたことに、やはりいくら気をしっかりしようとも動揺している自分がいることに気が付く。真っ青に血の気が引いて震える唇で彼は何とか紡いだ。 「マツバさんは、どこに」 もうどこにもいない、などとどうして言えることが出来るのか。 相変わらず後ろから津波のように押し寄せている悲しみを背に受けながら、ヒビキ君の問いに答えられない己が無力過ぎて。出現させていたカイリュー達が周囲の悲しみを察して啼き始めた。その切ない波紋がまた連鎖を呼ぶ。思わずヒビキ君と目線が合うように膝を折った。彼はピカチュウの件でゴールド君の次に傷ついていた。思わず手で口を押さえて、悲鳴を上げる心を抑えようと試みた。しかし、ほぼ効果は無い。 「マツバを返せ」 不意に、誰かが叫んだ。 そうして始まる大合唱。ジョウト地方ジムリーダー達の想い。しかしそれは決して叶うことはない。ヒビキ君の肩が異常なまでに震えている。恐怖している。彼らに対して、ではなく、きっとこの現実に対して。返せ、返せと鳴り響く断末魔に近い爆音。耳を塞げるならばそうしたいのに。まるで永遠に続くかと思われた光景は、たった一つの放送でかき消されることとなる。 ‐全トレーナー達に告ぎます。至急、大会議室までお越しください‐ 機械音に近い女性の声。 一瞬、皆が沈黙した後、私はすぐに立ちあがってカイリュー達をモンスターボールへ。 このタイミングでの収集となれば皆が無視してはいないだろう。 ヒビキ君の揺らいでいる目と視線を合わせ、私はすぐさまに大会議室へと足を向けた。 main ×
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