color WARing -16-

 エンジュシテイのジムリーダーの訃報を聞いて、また若い芽が摘まれてしまったのだなと漠然に思う。彼の噂は前々から聞いていた。何しろ私も同じゴーストポケモン使いだから、興味が無いわけがない。彼の手持ち達の行方は知れぬまま、破壊されたモンスターボールだけが発見されたらしい。見つけたのは彼と同じジョウト地方の鳥ポケモン使いのジムリーダー。仲間の死体を目の当たりにした気持ちは到底はかり知れるものではない。

 この年になればかつての友の訃報くらい何度か耳に届いたことがある。しかし目の前で何もできずに死んでいく瑞々しい命達を受け入れなければならない度、この老いぼれた心臓が痛むのだ。どうせなら私の方が死ねば良かったのに、と思うわけではない。そんなこと嫌に決まっている。出来れば死にたくはない。けれど、どうして彼らが、と思ってしまう。まだまだ未来の続く可能性のある存在だったというのに。こんな私などよりも、ずっとまだまだ希望があったはずなのに。目指していた夢や目標が木端微塵と破壊されていく。誰も拾い上げてなどくれない。
 この争いのきっかけなどとうに忘れてしまった。どうしてこんなことになってしまったのか、と疑問ばかり頭を巡る日々。突然私にも収集の声が掛けられて、他のトレーナー達と同じようにほぼ脅迫めいた形で無理やり連れてこられたこの本部。相手の命を奪いたくはない。しかし奪われたくもない。その相反する裏表の感情に囚われて自分の中で整理がつかないままに駆り出されていくトレーナー達。何て事だ。いくらこの争いを阻止しようとした所で私は無力。まだ、本当に、もう少しだけ、私が若ければ話は変わったかもしれない。

 杖をついて椅子に座り、ただその杖の先端を額に押し付ける。部屋の外からはそれはもう慌ただしい足音ばかりが響く。誰もが彼の死を受け入れられないでいるのだ。それはそうだ。何せここに集められたトレーナー達は皆が若い。まだ人やポケモンの死をそれほど見て来たわけではないだろうから。慣れ、というわけではないけれど、いざ受け入れなければならない覚悟、は全く出来ていない。
 それを思う度に私はそれではどうなのだ、と自問自答。嘲笑しか浮かばない。私はまだきっと彼らより幾分かは死に対しての考え方が変わっている。何せ切実に私に押し迫ってくるものだから。死というものと向き合う準備を始めているから。しかし若い彼らはそんなことをしていない。たった一つの命が消えてしまったというだけでテンヤワンヤ。それを別に滑稽などと表現するわけではないけれど、ただこれからも幾度となく繰り返される死の連鎖を多少、認めなければならないと思うだけだ。

 こんな私を非道だと、誰かは言うだろうか。

 オーキドがここの研究者達に捕まって何を調べさせられているかは知らないが、とりあえずテロ組織達への対抗手段を必死に練っている、という予測は立てることができる。例の武器の正体が何なのか。小さな金属の塊をどうやって体内へめりこませたのか。ピカチュウを殺し、そうしてエンジュジムリーダーを殺したというそれ。このままではわけのわからないまま殺されてしまうというトレーナーやポケモン達がいくらでも出てくる。彼の遺体は凄惨たる様であったようだ。話に聞いた限りでは、後頭部の半分が吹っ飛んでいた、と。脳みそすら飛び散り頭蓋骨も破壊され、即死であったことは確実だったろう。
 痛みもなく逝けたことはある意味で幸せなのか。そんな愚かな問いが一瞬でも頭を過ぎって自己嫌悪。けれど考えてしまうのだ。これ以上、何も苦しみを見ないで済むようになるということはある意味で幸せなのではないか、と。彼の死により、この本部では集められたトレーナー達と政府の間で内乱が勃発しかけている。空気が少しでも揺れてしまえばここは一気に炎上してしまうだろう。そうなればテロ組織に立ち向かう所か相討ちとなって共倒れだ。そんなことあってはならない。
 かといってこんな老いぼれの私に何が出来るというのだろうか。若者達の抑えきれない衝動を止める術など、持ち合わせていない。ワタルを始めとしたチャンピオン陣がどうにか牽制をかけてはいるが時間の問題。本部への不満が爆発すれば内部紛争が起こってしまう。そうなればテロ組織集団へさらなる好機を与えてしまうこととなる。それだけは避けなければ。このままでは混乱の中、皆の命が危険に晒されてしまうのは確実だ。


 そうやって悶々と悩み続けている私の耳に、窓からのノック音が飛び込んできた。一体全体こんな外から誰がやってきたのか、と驚いて視線を飛ばせば、もやもやとした紫色のガスがふよふよと浮いていた。どのように窓へ触れたか疑問だったが、直感で分かる。あれは、ゲンガーだ。急いで老いた足をなんとか動かし、鍵を開ける。一気に部屋へ流れ込んできた形を保っていないゲンガー。どのようにこんな姿になってしまったのか分からない。しかし何かしら伝えたいことがあるように思えた。

「しっかりおし、どうしたんだいっ」

 ゴーストポケモンとならば心を通わせることができる。なるべく負担が無いように手を差し伸べてその体に触れると、その命がもう尽きかけていることが伺えた。ただでさえ萎んでいる心臓がより締め付けられた気分。ひくっと痙攣する喉なんて無視をして、ゲンガーを少しでも生き永らえさせられるように何か方法が無いかを脳の神経を全て駆使して模索する。けれどここまで形を失くしてしまった状態では、もう手遅れであることは目に見えていた。それはゲンガー自身でも分かっているはずなのだ。それでは、彼は一体どうしてそんな状態になってまでもここまで辿りついて来たのか。いや、辿りつく必要があった?

 不意に、ゲンガーから直接視神経に送られて来た映像。

「!? ぁ」

 目の前に広がった有り得ない映像に、絶句。

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