color WARing -15- マツバとの連絡が取れなくなったという報告を耳に入れたのは、彼が任務に出てから一日が過ぎた辺りだった。あまりに帰還が遅いと本部が焦って俺に任務を下してきた。救援として彼を迎えに行けと。まぁ、そんなことされなくてもジョウトのジムリーダーが集まって政府に直談判するつもりだったんだけどな。マツバの元へ行かせてくれ、と。だからちょうど良かったといえばそう。けれどミイラ取りがミイラにならないか、俺以外の奴らはそう心配してきた。大丈夫だ。きっとマツバを連れて帰ってくる。なんてったって俺の引き連れる鳥ポケモン達なら上空からの探索が容易だし、何より彼らの気配の敏感さは他のポケモンより数段上だ。捜索にも役立つだろう。そう笑いながらジョウトジムリーダー達に背を向けた。 そうして訪れたスリバチ山の麓。あいつの任務場所。幸運だったのはスリバチ山の洞窟内で争われていなかった、という所だ。そうなってしまえばより捜索は困難となっていただろう。しかしそこに刻まれている戦闘の痕跡は凄まじかった。地面が抉れ、木々が弾け飛び、そうしてポケモンとトレーナーの死体があちらこちらに転がっていた。息は無い、と思う。確認する暇などない。とにかくマツバを探さなければ。もし他のことに気が散って彼を失ってしまうようなことがあっては、トレーナー達の間に影響が及ぶ。 しかし、いくら捜索を続けてもマツバの姿は見当たらなかった。そうして敵の姿も見当たらなかった。俺の鳥ポケモン達の神経を使ってしてもマツバの姿がなかなか見つからない。もう日が暮れようとしている。このままでは捜索を続けることばかりが難しくなっていくだけだ。俺の中に焦りが生まれてしまって、ポケモン達にもそれが伝染してしまっている。ダメだ。落ちつけ。俺はこいつらのトレーナーだろ。しっかりしろ。 何とか煩く鳴り響く鼓動を抑えつけ、そう言い聞かせて足を進めていると、左足に何かが引っかかった。蹴躓いてしまって、思わず振り返って何が落ちていたのかを確認する。陽の落ち始めた時分。まるでアーボのような動きで足元に闇が迫ってくるかのようでゾッとした。このまま引きずり込まれてしまいそうな錯覚。ひっ、と小さく声が漏れてしまったが、そんな悪寒など吹き飛ばす光景がそこにあった。 俺は信じて疑わなかったのだ。マツバはまだ生きている。しかし察するべきだった。鳥ポケモンは、生きているモノに対してだからこそ、過敏に反応することが出来る。 だから。 ━━━━━馬鹿、みたいだな。 呟いて、向けた視線の先に宵闇に呑まれてしまった紫色のマフラー。まるでここにいる俺の代わりにそうなってしまったかのような。 本来ならば白いズボンだったはずなのに、泥や血に染まりボロボロになっている。そしてエンジュの西日に美しく映えていたはずの金髪が、今となっては赤黒い何かがこびりついて見る影もなくなっていた。 なんだ、これ。 ピキンッ。頭にヒビが入った。眼前の風景がヒビ割れていく鏡のように崩れ落ちて、俺とソレだけが残る。ソレ? ソレってなんだっけ。そういえば、どうして俺はこんな所に。ナニを探しに来たんだっけ。あぁ、真っ暗だ。ここには誰がいる。誰もいない。俺だけ? ポケモン達が。どうしてこんなに泣いている。悲しげに鳴く。啼く。泣く。あぁ、違う。こんなこと。こんなのってない。有り得ない。そうだ。俺は誰も探しに来なかった。ナニも。そうだ。本部へ帰れば皆がいる。皆が。誰も欠けちゃいない。皆が。違うよな、違うだろ、こんなの違う、違う違う違う違う違う違う違うちが、ちがちがちがぁあぁっ゛ああ゛あ゛ぁ゛ぁあッぁあ゛ 「マツバ」 驚くほど、あっさりと唇を滑り落ちた名前。 もう動かなくなったその体が本来持っていたであろう熱は冷たい地面に呑み込まれて行ったに違いない。ただ一人でずっとここで待ち続けていた彼。ふと視線を滑らせるとモンスターボールも転がっていた。中身は空っぽで、砕けている。おそらく、彼のゴーストポケモン達も殺されてしまったのだろう。でも、それはつまり、彼と共に逝けたということだ。 それだけが救いだなんて、愚かなことは決して思わない。思えない。 レッドというトレーナーのポケモンだったピカチュウが死んだ。その知らせを聞いた時に俺はこう思ったのだ。あぁ、俺のポケモンじゃなくて良かった、と。その任務を言い渡されなくて良かった、と。無意識なる安堵。それに気が付いて自己嫌悪に陥ってしばらく動悸が酷かった。常に痛む胸。それでもそんな風に思ってしまう自分を無くすことなんて出来なかった。もしかすれば次は俺が死んでしまうかもしれない。俺のポケモンが死んでしまうかもしれない。そんなことこの争いが起こってからずっと考え続けていたことで、俺以外のトレーナーや俺のポケモン以外がそんな目に遭うことだって予想済みだった。そう、それが遅いか早いか。それだけの違い。 だから、俺じゃなくて良かったと。まだ俺の番じゃなくて良かったと。 けれど俺は、本当に俺のことばかり考えて、仲間のことは心配するだけしていたクセに、それも表面上だけであったことを痛感する。仲間を失う現実を全く考えたことが無かった。これは、何の罰だろう。自己中心的なことしか心配しなかった俺に対する、罰だろうか。 それならば、どうして俺が殺されなかったのだろう。それは愚問だ。仲間が死んでしまうということこそ、俺にとって最高の罰となるからに決まっている。俺が死んでも俺は苦しくはないじゃないか。けれど仲間を救えなかった、その事実が一生付き纏うならばどうだ。俺は、仲間の死を、背負って生きていかなければならない。 闇に染まるマフラーへと手を伸ばした。 持ち主は何一つとして、反応を返してくれることはない。 main ×
|