color WARing -14-


 バトルと勉強だけが出来ればジムリーダーとしてやっていけた。

 政府本部。ただベッドに座って手持ちのモンスターボールを握りしめることしか出来ない私。震えが止まらない。カチカチと歯が鳴って、滝のような冷や汗が服へ沁み込んでいく。心臓がズキンズキンと痛んで土砂崩れのように零れ落ちてしまう涙を何度も服の袖で拭った。いくら私が嘆いた所で事態は何一つとして改善しないのに。もうジムリーダーとして挑戦者とのバトルを楽しんでいた時とは違うのだ。勉強なんて一つも役に立たなくて、今までやってきたポケモンバトルだってほとんど意味は無い。

 初めて私が任務に赴いたのは一週間前。カナズミシティを狙ったテロ組織への対抗。持って行ったポケモンはゴローニャ、ハガネール、プテラ。それに対して敵側は水タイプのポケモンを駆使してきた。私の不利な特性。それは予想していたことだったけれどイザ目の前にすると焦りが生じてしまった。逃げ惑うカナズミシティの住民達を何とか守ろうと岩なだれやアイアンテールをポケモン達へ命令する。地震は使えない。規模が大きすぎて敵だけでなく住民達にまで被害が及んでしまうから。
 水ポケモン達が繰り出すハイドロポンプやハイドロカノンは守るで退けた。しかし何度も連続で命令するわけにはいかない。ケリを付けるなら一瞬で。だからプテラを連れて来たのだ。その背に乗ってハガネールとゴローニャに群がろうとする敵達を確認。二匹ともどこか悟っているように私を一瞬だけ見上げた。今だ、と彼らの瞳が告げている。ブツッと唇が切れた。歯を噛みしめ過ぎたから。
 私は、彼らのトレーナーであるべきなのに。こんなの、酷過ぎる。

「っ、大爆発!」

 ただ自分のポケモンも相手のポケモンも苦しめる、その自爆行為。
 叫んで、プテラに乗っている私だけ安全地帯の広がる大空へ急上昇した。
 直後迸る閃光。目が眩んだ後、爆音が周囲へ響き渡った。ポケモンバトルで滅多に使わないこの技を、生身の人間とポケモンに対して使う時が来るなんて。大爆発という技の原理は未だに解明されていない。どうやってポケモン達があれほどのエネルギーを内部で生成し、それを周囲へ拡散するのか。
 しかしどのような方法であれ、ポケモン自身への負担は一番大きい技であることは明確。一瞬で周囲へ吹っ飛んだ敵側の人間とポケモンは地面に叩きつけられたり爆撃をモロに受けてしまったがため、体があらぬ方向に捩じれて事切れる。願わくば、彼らが一瞬で息絶えたことを願った。せめて痛みも何も感じないで、逝ってくれたことを。
 そんなの、ただのエゴであるのだけれど。
 ゴローニャとハガネールは瀕死状態となって地面に倒れていた。まるでその光景が敵側の状態と同じであるように思えて、喉がヒクッと痙攣する。自分が何をしてしまったのかをより痛感してしまった。思わず目を逸らして、湧きあがる抱えきれない痛みを全て胸に押し込んで、急いで彼らをボールへ戻した私はプテラで上空から様子を伺う。敵が一人でも生き残っていてはならない。任務にミスがあれば私のポケモン達に被害が及んでしまう。すでに、被害には遭っているに等しいのだけれど。
 おそらく生き残りがいない、と上から目視で確認した私はプテラから下りて敵の死体へと近づいた。

 そう、私の周りに散らばるのは死体。━━━━その言葉がいとも簡単に自分の口から零れ落ちて、直後吐き気に襲われた。全身が震えて立てなくなる。そうだ。私が直接手を下したわけではないが、それでも私は殺してしまったのだ。命ある存在を。この私の口が放った命令で。ポケモン達に殺させた。何て惨いことを。自分の手は汚さず、ただポケモン達を瀕死にさせ、敵を排除した。卑怯。臆病。冷酷。どれだけ懺悔したって許されることはない、罪科。
 あぁ、私は殺人者だ。政府の命令で敵の命を奪う。最低最悪な、生きている権利など本当は剥奪されている、ポケモントレーナーとして存在することすらおこがましい、殺人者。


 思考の収集が付いていない私に畳みかけるように政府からまた任務が与えられた。116番道路より続くカナシダトンネルをテロ組織から守ること。そこにはゴニョニョしか生息していない。危険を察知すればまともに立っていられない程の音量で鳴き続け周囲に危険を知らせる、そんなポケモンが住む場所。彼らの大合唱の中、また敵と相対しなければならない現実。
 まるで神様にでも祈るように、モンスターボールを握りしめる両手の上に額を置いた。あぁ、どうか誰も死なないで。ポケモンも死なないで。あのピカチュウのように。もうあんな私が死にたくなるような目に遭いたくはない。私は決してそのピカチュウと面識があったわけじゃ無かった。彼のトレーナー━━━レッドさんとも親しいわけじゃなかった。それでも絶望に叩き落とされてしまったのだ。心臓が有刺鉄線で雁字搦めに圧迫され続けるような苦しみ。でもピカチュウを失ったレッドさんは私なんかよりもずっとずっと堪えている。それを想う度に溢れる涙。こんな殺人者が亡くなったピカチュウを悼むなど言語道断であるのだ。本当は。
 それでもどうか、祈らせて欲しかった。こんな争いなんて無くなることを。早く、早く私を元に戻して。殺人者でなかった私に。どうか。あぁでも、本当はそんなこともう手遅れ。いくら争いが終わっても私が命を奪った事実はなくならない。もう、前の通りにポケモンバトルなんて出来ない。


 途方に暮れる私の耳に、緊急を知らせる放送が飛び込んできたのは、直後のこと。

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