ウェイトレス



  
 「下着」→「エプロン」の話の流れの番外編。
 この二つを先行して読まれていることを推奨します。
 CPは25歳ファイア×スペグリ。
 スペグリがスペレに片想い中。
 下着には到着していて、エプロンに辿り着く前です。





「グリーンに似合うと思って買ってきたんだ」

 そうして見せつけられたちょっとしたエプロンのついた服は、どこからどうみても女向きで、いわゆるウェイトレスの正装に使用されているものだった。
 ジムの仕事が一段落して、今日も家にいるファイアと一緒に夕飯を食べる所まで想像しつつ帰宅した瞬間、目の前に現れた超満面の笑顔のファイア。その両手に握られている服。何が目の前にあるのか理解できなくて思考回路が停止。感覚的には十分ぐらい玄関に突っ立った気分だったが、実際は一分にも満たなかったと思う。とりあえず、靴を脱いで上がって、ファイアからその服をひったくるように取ると台所へ向かった。そのままコンロの上に服をかざし、点火しようとスイッチに手を伸ばす。

「ちょっとちょっとそれ高かったんだから止めてよ!」

 畜生。惜しかった。
 慌てて、俺の背中を追ってきてひったくり返すようにフリルを奪うファイア。あからさまに舌打ちをかまして奴を睨みつける。久しぶりにこんなに本気な眼光を飛ばした気がする。さすがにその気迫を察してくれたのか、ファイアがひっと頬を引き攣らせた。

「ね、ねぇ、グリーン」
「それ、俺に着ろって、言うんじゃないよな」
「え、あ、いや、でも、グリーンに似合うと」
「思っただけだな。そうだよな。俺に着ろとか、まさかそんな俺の男のプライドを引き裂くようなことファイアは言わないだろ。そうだよな」
「えと、い、いや、その」
「それなら悪かった、燃やそうとして。ちょっとカッとしたんだ」

 謝罪の言葉と共にわざとらしい笑顔を向けてやる。さすがにここまで防衛線を張ればファイアも動けないだろう。俺なんかよりも年上が何を巫山戯たことを、と内心思ったがそれは口に出さない。そんなことを言うよりも効果的に相手を退かせる方法だってある。
 頬に汗を掻きつつ完全に目を泳がせるハメになってしまったファイアを他所に、俺は夕飯の準備を始めようとした。いっそのことファイアの分は作らないでおこうか、と思ったが、そんなことをしてファイアが無理やり台所を使おうしては溜まったもんじゃない。シロガネ山でサバイバル生活をしていた彼は、はっきり言ってキャンプ能力の術は最高なのだろうけれど、現代技術を駆使するにはあまりに経験不足。火だってポケモンから調達していたらしいし、水はシロガネ山の雪で補っていたようだ。信じられない生活環境。
 行動を開始するため、いつも料理する際に身に付けているエプロンに手を伸ばそうとした俺。食器棚の横に服を掛けられるように釘を打っているのだが、いくらそこに指が届いても空を切るばかり。え、と視線をそちらにすると、なぜかエプロンがなかった。おかしいな。今日の朝もここに掛けて仕事へ向かったはずなのに。
 はっ。嫌な予感がしてファイアの方を見る。忌々しい服を持っている傍ら、反対の腕に何かを隠している。ぎくっ、と明らかに体を震わせるファイアが分かった。おい、冗談じゃないぞ。ダラダラとさらに汗を掻き始めた彼にズカズカ近づいて、その背に隠されているモノを見ようとしたが、そういったことには反応が良いのか、スルッと逃げられる。その姿にピキッと堪忍袋が切れるかと思った。こいつ、何を考えているんだ。

「ファイア、いい加減にしろっ」
「グリーン、一生のお願いだから!」

 そうして、土下座する彼に目を丸くした。
 いきなり視界からファイアが消えたと思ったら、床に頭をつけている彼がいた。まさか、こんな年上の男に土下座されるとは。しかしその両手にはウェイトレスとエプロン。申し訳ないが、全く様になっていない。

「本当に、一瞬だけでいいから! これ、着てくれないかな……?」

 上目遣いで必死に懇願される。
 これが例えばまだ女の子だったならばと思う。いや、そういう問題でもないか。残念ながら目の前にいるのは二十五歳の成人男性。ここまでされると、もはや同情しか心に湧いてこない。こんなことをしてまで俺に女装をさせたいのかこいつ。どこの変態だ。
 しかし、なかなか土下座をし続けるファイアに居心地が悪くなってくる。この状況、まるで俺が悪いようではないか。しかもエプロンまで握り締められているせいで夕飯は作れない。姉の影響だろうか、料理する際は服を汚してはいけないという考え方が定着してしまっている。
 しばらくファイアを土下座させたまま、悩みに悩んで、俺は盛大なため息をつく。そうして彼の腕からウェイトレスの服を再度、ひったくった。

「夕飯、作る間だけだぞ」








 何せ着たことがない種類の服なものだから、非常に違和感がある。まず足元がスースーして気持ち悪い。スカートというものを履く女の気がしれない。こんなの、足やお腹を冷やすだけじゃないか。
 非常に納得がいかないが、着てしまったからには文句は言えない。決めたのは俺だ。その姿に一人、ファイアだけは歓喜していた。

「やっぱり俺の目に狂いはなかった!」
「黙れ」

 ゲシッ、と腹部を蹴ってやる。しかしその際にスカートが捲り上がって慌てて足を下げた。畜生。足が動かし辛い。

「ぐ、グリーンの生足……!」
「もういいからこれ以上余計なことを言ってくれるな……」

 腹を蹴られたにも関わらずガッツポーズを決め込む変態。もういい加減構っていられない。やっとのこと夕飯を作りに向かう。とりあえず早く作ってしまってこの服から解放されたい。この調子じゃファイアが得をしてばかりだ。俺にも何かしらの利益を返して欲しい。
 にやにやしながら俺のことをずっと見てくるファイアの視線も鬱陶しかったが、それを全て無視して今日の夕飯の材料を取り出した。とりあえず今日は鍋でも作ろうと思う。スープは味噌で。気温が下がり始めたこの頃。手軽に二人で突っ付ける鍋は便利だ。
 ざくざく白菜を包丁で分断していく。その間に鍋に水と味噌を入れて温めておく。それほど時間も掛からないだろう。ありがたい。少し安心した時。
 背後からぬっと伸びてきた、腕。

「あーまじ可愛いー」
「!? っぉい」
「なんかグリーンの色気が二割増し」
「離れろ、作れないだろッ」
「だって、作ったらグリーン服脱いじゃうんでしょう?」

 ちょっとでも堪能しておかないとねー。

 なぜだろう。抱き締められることには慣れてきていたはずなのに。非常に恥ずかしいと思ってしまう。こんな格好をしているからか。料理を続けようと無理やり腕を動かそうとするが、上手く行かない。挙句の果てにファイアの腕が下半身へ伸びてきた。彼の指がスカートの裾を託し上げて俺の太ももに触れた瞬間、ギョッとして包丁の先が跳ねた。油断していたと言えばそう。そのまま指に痛みが走った。
 あ、と声が漏れた時にはまな板に微かな血痕。

「いっ」
「あッ! ごめ」

 バッと離れたファイアが、すぐに俺の切れた指を持ち上げた。
 慌てるファイアとは正反対に、やっとのこと彼からの拘束から解放されたことに俺は安堵していた。しかもそれほど深く切ったわけじゃない。水で洗ってから絆創膏を貼ろう。そう思って水道水へと体を向けようとしたがその前に、何か指先に生ぬるい感触が。
 分かってしまう自分が情けない。これはファイアの舌だ。

「ちょっ、汚いだろっ」

 すぐに手を自分の元へ引こうとしたが阻止される。グッと手首を掴まれて離れない。目の前でファイアが自分の指を口に入れている。どこかこの光景にくらっとした。もはや夕飯作り所でなくなってきている。執拗に傷口を舐められている気がしてならない。勘弁してくれ。時折、ピリッと走る痛みが優しく全身に走る。

「ファイア、いいから」
「ごめん」

 やっとのこと口を離してくれた。しかし彼の眉間には皺が寄っていて、よほど反省しているらしい。しかしまぁ、指を切ったのは俺の不注意だった気がする。それほど思い詰めた顔をされては逆にこちらに罪悪感が芽生えるじゃないか。
 気まずい空気が漂い始めた。ゴトゴトと鍋の沸騰してきた音が聞こえる。早く切った食材を入れていかないといけないのに。どうも動けない俺とファイア。挙句、ファイアは完全にしゅんとしてしまっている。彼らしくない。ある意味、気持ち悪い光景だ。先ほどまでの変態オーラはどこへ消えた。こういった所は本当に真面目なんだなと思う。
 先にこの空間に耐え切れなくなったのは俺。がりがりと頭を掻いて、息を吐く。そしてウェイトレスの服を脱ぐことにした。ファスナーを下ろしたりヒラヒラした布が面倒だ。そして下着しか身に付けていない状態になる。ギョッとするファイア。そのまま、脱いだ服を彼に押し付けた。

「ファイアもそれ着たら許す。だからそんな顔しないでくれ」

 危ないからコンロの火を止めて、帰宅時に着ていた服をリビングで着直してエプロンを付ける。キッチンに戻ると呆然と突っ立ったままのファイアがいた。その様子にイライラして、再度告げる。

「もういいから。指切ったこと」
「いや、でも」
「とりあえず、ファイアもそれ着ろよ」

 それで、今日のことは全部許すから。
 言い捨てて、鍋の準備を再開した俺。しばらくそのままだったファイアだったが、少し気が抜けるのが気配で分かった。直後、「はーい」と何とも嬉しそうな声がして、ファイアがリビングへ向かうのが分かった。




 こんなクダラナイやり取りでも、本当に心の底から嫌がってるわけじゃないんだ。
 ファイアの求めることを、俺は完全に否定出来ない。
 しかし理由を考えることを決してしないのは、多分、それに気が付いていないフリを決め込んでいるから。俺は、自分にも嘘を付いている。
 
 ウェイトレスの格好をしたファイアを見て笑う自分の裏側に、寂しい感情が渦巻いていることくらい、本当は俺が一番身に染みて分かっていることだったのだ。






*********
ラストのお題を制覇いたしました……
結局のところ、この二人(笑)
GRN48という素敵企画に5題も投稿した馬鹿な私ですが、
本当にありがとうございます!
主催者である窓さん、そして読んでくださった皆様に最大級の感謝を!
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