下着





 ※設定※
 世界はポケスペ。
 スペグリーンはスペレッドに片想い。
 ある朝、起きてみたら25歳ファイア(別世界)とベッドインしてた。
 そこから始まる同棲生活。
 作者の趣味をモロに詰め込んだぶっ飛び設定でお送りします。








 ある日。
 俺のベッドに潜り込んでいた見知らぬ人物は、どこか俺のライバルと面影が似ているものだから、驚いた。

 それは唐突な出来事で、今から思えば異常な事態だった。
 ジムの書類仕事が思ったよりも時間がかかって、だいぶ夜更かしをしてしまった次の日のこと。もう目をつぶってしまえばすぐに夢の中に飛び込めるまでフラフラになった俺は、仕事を終わらせた瞬間に寝間着へ着替えることなく緑のストライプが描かれたトランクス一枚でベッドに倒れ伏した。そして一瞬の間に明るい朝を迎える感覚がして絶望し、それほど疲れも取れていない体でため息を吐きながらまたジムへと向かおうとした、その時。

 ガシッと腕を掴まれて、またベッドに引きずり込まれる。

 いきなりの衝撃と訪れた真っ白な布団の世界に目を白黒させていると、いつの間にやら俺の上に濃い灰色のボクサーパンツ一枚の姿で乗っかっていた人物。この状況であれば不審者として扱うべきところで、俺はもっと派手に抵抗の姿勢を見せるべきだった。しかし、完全に両の腕が固まってしまったことには訳がある。
 そいつは少しクセっ気のある茶髪で、明るめの茶色の瞳。おそらくパッと見た年齢は俺よりも幾分か上で、多分20代後半だと思う。そんな見た目であったにも関わらず、俺の直観がその人物から見出したのは、赤い帽子がトレードマークのライバルの姿だった。

「あー、ごめん」

 ちょっと困った笑顔で話しかけられて、その表情がまたライバルを彷彿させるものだから、俺は何も言えなくなってしまった挙句、抵抗もしなかった。━━出来なかった、のだ。
 ただ、本当に単純に、ライバルに似ているだけであるにしろ、俺はこいつを不法侵入で警察に突き出すなり、公衆猥褻罪で訴えるなり、なんでもすべきだった。しかし現実は全く違って、俺は何を考えたのかこの不審者を自分の部屋に置くことにしたのだ。姉さんはマサキの所へ行っているし、おじぃちゃんも忙しくて大抵この家にはいないから、はっきり言って俺の部屋に置くというよりこの家に住ませることになったに等しい。
 俺自身、俺の行動の真意が分からなかった。今まで出会ったこともない見知らぬ男をどうして何の躊躇いもなく家に泊まらせるのか。困惑してしまうけれど答えは見つからない。

 男の名前はファイアというらしい。そう呼んでくれ、と言われた。
 どこから来たのかと問えば、シロガネ山と返答される。ならば、そこに帰るべきじゃないのか。問えば、「君の思っているシロガネ山と俺のシロガネ山は違うんだ」と言われた。意味が分からない。シロガネ山と言えばシロガネ山じゃないか。それ以外にシロガネ山が存在するというのだろうか。
 眉間を寄せた俺に苦笑しつつ、彼は人差し指をそこへ当ててきた。

「ちょっと話すと複雑なんだよ。それでも訊きたい? 信じてくれる?」

 しかし直後に言われた言葉と、浮かべられた何とも寂しそうな表情に、俺は首を上下に振るしかなかった。


 

 彼は、ファイアは、どうやら俺とは異なる世界からやってきたらしい。
 ここと同じシロガネ山ではない、別の世界のシロガネ山で一人修行をしていた所、雪崩に巻き込まれて、気が付いたらここに来ていた、と。そんな危険な目に遭ってこの世界に飛ばされたというのにどうしてそこまで冷静でいられるのか、と尋ねてみたが。ここまで来たら開き直るしかないだろう、と苦笑い。いやいや、それにしてももっと落ち着いていられない状態になるだろ。こんなのじゃぁ、俺の方がパニックになっているようじゃないか。
 違う世界。それがどんな世界なのか良く分からないが、こちらの世界とさして土地勘は変わらないらしい。彼の出身はマサラタウンということで、俺と同じ。ほかにも町や道路の名前を尋ねればだいたい合致するし、ポケモンに関することもそれほど異質ではなかった。彼の手持ちの一番のお気に入りはピカチュウらしく、その辺りもどうもあいつと一致してしまっていて。

「もし良かったらなんだけど、しばらく君の家に泊めてくれない?」

 思考が別な方向に進もうとしていた俺の耳に、そんなお願いが届いた。
 俯きかけていた顔をバッと上げて、微笑んでいるファイアを凝視する。
 確かに、このままだと彼を知っている人はこの世にいなくて、頼れる人もいない。そうなれば偶然、姉さんはマサキの家にいっていて、おじぃちゃんもほとんど帰ってこないこの家に、男一人泊めるくらい造作もない。その判断を下す権利は俺が持っているわけで、俺の決断によってファイアがこれからどう生活していくかが決まる。
 けれど、あっさりとそれを了承するには、問題があった。
 余りにファイアの話が突飛過ぎて信じられない。やっぱりこいつは不審人物だ。ということじゃない。俺以外の人であればそう思うかもしれないが、俺がファイアの居住を認められないのは、もっと個人的な理由。

 ただ、ファイアがレッドと似ている。それだけのこと。

 マサラタウン出身で、俺の幼馴染で、ライバルで。
 そんな男を好きになっていると気が付いたのはいつの時だっただろう。おそらく、最初はまさかそんな感情であるとは思いもしていなかった。けれど芽生えた想いはいつのまにか成長していって、ある日唐突に気づかされた。それはレッドの誕生日に皆でバーティーを開いたとき。俺も参加して、盛大に彼の19歳を祝ったとき。それぞれが用意したプレゼントを渡していったのだが、それを笑顔で受け取っていくあいつに胸がザワリッと波立った。今まではそんなこと、どうとも思っていなかったのに。あいつが誰に笑顔を振りまこうが優しくしようがなんだろうが。
 俺が誕生日プレゼントとして用意していたのはグローブだった。良く旅の途中で無茶をするあいつは物持ちが悪い。だからこれもまた役に立つだろうと思って買った。
 けれど、イエローもまたグローブを買っていて、運が悪いことに俺よりも先に渡してしまったものだから、愕然とした。
 用意していたプレゼントはそれほどおおっぴらに見せていなかったから、密かに鞄の奥底へ隠した。レッドには、プレゼントは忘れてしまったからまた後日、と言い訳をする。そうしたら周囲からのブーイングを盛大に受けることになってしまったが、そんなことは関係がない。だって、イエローも困るだろうし、俺も困るし、何よりレッドが困るだろうから。同じものを二つも貰ってしまったら、苦笑いするしかないじゃないか。

 そうして無事に誕生日パーティーが終わって、それぞれが家路につく時。一人で家に帰ろうとしていた俺に、レッドが声を掛けてきた。どうしてプレゼントが無いだなんて嘘をついたのか、問われてしまった。驚愕して瞠目し、どうして俺がプレゼントを持って来ていたことを知ったのかと逆に問えば、ブルーに聞いたといわれた。どうやら、あの女は目敏いことに俺がプレゼントを持って着ていたことを把握していたらしい。相変わらず抜かりない女だ。
 どうやらこいつは、俺からプレゼントを貰えなかったことに対してではなく、俺が嘘をついたことがどうにも気に食わないようで、そこばかりを責められた。仕方なく、鞄の奥底にしまっていたプレゼントを差し出すことにする。イエローと同じデザインではないけれど、それでもグローブには変わりはない。なんだか惨めな気持ちになりながら渡したが、予想に反してレッドは盛大に喜んで受け取ってくれた。目を丸くして、どうしてそんなに嬉しいんだと問う。イエローと同じグローブだったのに。

「だって、グリーンがちゃんと俺に誕生日プレゼント用意してくれてたから」

 それだけで嬉しいのだ、と。
 その時のレッドの笑顔があまりに目に焼き付いて。
 それから、あぁもう終わったな、と思ったのだ。




 しかし、その想いを決してレッドに知られてはならない。だって、そうだろ。男なんだ。俺もあいつも。それなのに好きだとか、そういう感情が芽生えるのは、まず男という性別の本能上おかしい。異質だ。もし周囲の人間にも知られてしまえば、きっと俺はやっていけなくなる。だからこれは意地でも隠さないと。
 そうやって頑張って自分の心を押さえつけようとしていた矢先、まさかレッドに似た人物が、しかも年上が、俺のベッドに入っていて、挙句泊まろうというのだ。
 レッドに似ている。いや、似すぎているから、問題なのだ。外見は完全に一致しているわけじゃないのに、どこか空気というか雰囲気が。どうもレッドが傍にいるような感覚に陥る。だから最初、この不審人物がベッドにいてもさして嫌悪感や抵抗感が起こらなかったのだろう。

 何度もいう。自分に言い聞かせる。この状況はおかしい。有り得ない。客観視すれば非常に変。異常。もはや不審者は俺の方じゃないだろうか。
 それでもファイアの居住を最終的に許してしまった俺は、もう取り返しがつかない。レッドに似ていると全身が叫ぶのに、そんなレッドと一緒に住めるという誘惑に打ち負けた。最低だ、俺は。本人でもなく、こんな似ているという理由だけで見知らぬ男を住まわせる。それが何になるんだ。俺の心がそれで満たされるのだろうか。バカじゃないのか。

「そういえば、君の名前は?」

 了承をした俺に、安堵のため息をつきながらそう尋ねてきたファイア。
 なんだか精神的に酷く疲れてしまった俺は、元気のない声で「グリーンだ」と返す。その言葉にまたどこか寂しそうな顔をするファイアに、意味が分からなくなる。なんでそんな顔をするのだろうか。
 けれど、こうして異世界人と同棲生活することになった俺。
 とりあえずファイアの服やらなんやらをどうするかが、目先の問題となった。







 そうして、一か月ほど経過した時。
 相変わらず俺はレッドのことが好きで。
 相変わらず俺はファイアと住んでいて。
 でもやっとファイアと慣れ親しんできて。
 なかなかこの同棲生活に居心地の良さを覚えてきた頃。
 だってそれまではほぼ一人暮らしに近かったから。
 誰かが傍にいてくれる安心感があることに喜びを覚えていた。
 けれど本当に、本当に、突如として、転機が訪れた。
 訪れて、しまった。
 よく考えればファイアも俺も健全な男なわけで。
 しかし俺はどちらかというとそういうことに淡白だったから。

 ファイアが寝ていたのは、俺のベッドの下。布団を引いてそこで寝てもらっていた。さすがにベッドを譲るわけにはいかなくて、かといって二人同時に寝られないからそうするしかなかったのだ。だからその日も同じ形式をとっていた。
 そしてファイアと出会った日と同じように、なんだかんだとジム仕事が終わってから疲れ果てるようにベッドへ倒れこんでしまった俺。ファイアはすでに先に布団に入っていたから、なるべく起こさないようにと心掛けたつもりだった。けれどファイアは最初から俺が帰ってくるまで寝る気なんてなくて、ただ寝たふりをしていただけだった。そのことに気が付いたのは何もかも終わった後で、もう取り返しがつかない時。
 スッ、と眠りに入ろうとした俺の掛布団が、一気に取り払われて、驚いて、訳も分からないまま、両手をタオルで拘束されて、伸し掛かってきたファイアを見上げ、一瞬レッドの顔が過って、体格差的に抵抗も出来ず、いつの間にか服も脱がされて、下着一枚にさせられた。
 声も出せず、ただ瞬きを忘れてファイアを見ていると、俺とは一切視線を合わさず、奴は俺のことを犯した。犯した。━━犯された。
 信じられなかった。まず、そういう行為は男女でするものであって、同性同士でのやり方なんて俺は塵一つしらなくて。今まで味わったことのない痛みに悲鳴を上げた。その時、やっと俺は声を出すことが出来たのだ。そして怖すぎて震え続けた。泣きたくなんてなかったけれど、泣くしかなかった。こんな状況でも俺はファイアにレッドを見出してしまう。ファイアはそんな俺のことを、やはりずっと無視していた。それが酷く悲しかった。何より、心が痛かった。

 次の日、身体も精神もボロボロになったままそれでも仕事には向かわなくてはならない俺は、寝ているファイアを起こさないように、シャワーを浴びて無理やりトキワジムに向かった。まさか彼が俺のことをそういう対象で見ているとは夢にも思わなくて。ショックな連続で、その日は家に帰れる気がしなかった。足を向かわせようとしても体がいうことを聞かない。全身が震えだす。それでもどうにか門までたどり着いたのだが、扉まで行けなかった。腹痛が襲い掛かってきて蹲る。どうしようかと脂汗を額に浮かばせながら激痛に耐えていると、玄関先からファイアが出てきた。おそらく帰宅時間を過ぎても帰ってこない俺を心配でもしたのだろう。
 だって俺がいなくなってしまっては、彼はこの世界でどうしようもできないのだから。
 その為に俺を探そうとしたのだろう。

「グリーンッ!」

 焦って俺に駆け寄ってきたファイアに、一瞬体が大きく震えたが、それでも俺は逃げることも出来ず、そのまま彼に横抱きにされて家へ入ることになる。
 そのまま鎮痛剤を飲んでベッドに寝かされた。前の日の残渣は全て綺麗に取り払われていて、ファイアがちゃんと事後処理をしたんだなと思い知らされる。そして悪夢がよみがえった。
 薬が効いてきて落ち着いてきた俺の所に、おかゆを作ったファイアが入ってきて。警戒心をあらわにしてしまった俺だったけれど、ただひたすら謝られてしまったことでそれも消えてしまう。床に頭を擦り付けるようにして謝るなら最初からあんなことしなきゃ良かったのに。けれどそんなこと言えなかった。やっぱり、ファイアの表情が寂しそうだったから。会った時から変わらない。どうしてファイアは時折、そういう顔をするのか。そして、まるでレッドがそういう顔をしているんじゃないかと思ってしまう俺。だからファイアを許してしまうのだろう。甘い。本当に、救いようがないくらい、俺はバカだ。

 それ以降、無理やりにすることはなくなったが、ファイアと俺は体の関係を結ぶことになった。というよりも、ファイアの一方的な欲求を俺が断らない、というスタンスをとることに。それでも痛いものは痛くて。でもファイアに求められることはまるでレッドに求められるような錯覚を起こす俺は、偽りの精神安定のためにその関係を続けた。ファイアには言っていない。レッドの存在を。最低だ。
 そんな関係が三か月程続いたある日。ことが終わった後、下着一枚でベッドに入っている俺とファイア。唐突に、ファイアが俺に質問してきた。

「グリーン、好きな人いないの?」

 固まった。
 すぐに嘘をつかないといけなかったのに。どうして俺はこういう時、対応が出来ないのだろう。完全に押し黙ってしまった俺に、ファイアは何も言わない。嫌な沈黙が続いた。もう何を言っても取り返しがつかない。だらだらと汗が流れる。眉間に皺が寄って、泣きそうになる。鼻の奥が熱い。あぁ、情けない。

「そっか、いるんだね」

 微かに体も震え始めた俺に、ファイアが明るい声で言ってきた。
 ハッとしてファイアの方を見る。すると呆気なく抱きしめられてしまった。驚いて何も言えないでいると、微笑んだファイアが優しく頭を撫でてくれる。それがあんまりに心地いい。

「告白、しないの?」
「……しない」
「なんで」
「ライバル、だから」
「そんなの関係ないと思うんだけどなぁ」
「ライバルで、しかも……男だ」
「でも、好きなんでしょ」

 どうして俺は、ファイアに励まされているのだろうか。
 さっきまで体を繋いでいた人に、恋を応援される感覚。頭が混乱しそうだ。
 ファイアが何を考えているかさっぱりわからない。
 けれどこの手のひらの暖かさに安堵を覚えている俺も、意味が分からない。

 やはり俺は鈍感だ。
 この時点で、すでにファイアに惹かれてしまっている自分がいることに、気づけていなかったのだから。




「エプロン」に続く。



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お久しぶりですCloeです…
すみません、あまりに長くなってしまったので、
「エプロン」に続かせることにしました。
色々とあるまじきことをしてしまい、申し訳ありません…
続きはしばしお待ちを!
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