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レッド君には重傷を、彼のピカチュウには致命傷を負わせたという金属の玉。それが一体どのようにして彼らの体内に埋め込まれたか政府側も全く考えが付かない。情報が少なすぎる。レッド君自身は胸部に強い衝撃を感じたことしか覚えておらず、参考にするには厳しい。

 「相手側がポケモン以外の何かしらの武器を使ったってことだね」
 「そういうことになる。我々の考え及ばないモノだ、きっと」
 「でもそれなら最初からポケモンを使わないでその武器を使えば良かったんじゃないかな……どうしてそんなまどろっこしいことを」
 「向こうの考えることなんぞ知らん。とりあえず警戒するに越したことはないだろう。もしかすればカントーハナダジムリーダー、カスミのスターミーのコアを砕いた武器でもあるかもしれない、だそうだ」
 「!、あの強固な水晶が呆気なく砕かれたのもソレのせいか」
 「推測ではあるがな」

 イブキが唇に指を当てて告げる。成る程、それならば納得がいくというものだ。ポケモンの力だけであの部分を破壊するには相当の何かがいると思っていたが、ポケモンの力で砕かれていないかもしれないということであれば話が変わってくる。
 なかなかややこしい状況になって来た。これから任務に行く度に警戒しなければならないことが増えてしまう。どこにどんな神経を張れば良いのか、混乱しそう。
 そういえば、あの物理的な玉は僕のゴーストタイプ達には効くのだろうか。基本的にガス状だからスリ抜けてしまう気がしてならない。それが事実ならば、僕のポケモン達はレッド君のピカチュウのような死に方はしない。

 ━━━━あぁ、そうだった。ポケモンが死んでしまったのだ。

 まるで紙の上に書かれた歴史と同様に扱ってしまう、その事実。なぜだろうか、実感が湧かないのだ。この戦争でポケモンや人間が死んでしまう可能性なんていくらでもあるのに。それでも僕は微かな望みに縋っていたのかもしれない。どの命も奪われないかもしれない、という可能性。それももはや打ち砕かれてしまったけれど。
 実際、ピカチュウは死んだのだ。もう二度と会うことは出来ない。他のトレーナー達も愕然としている。ずっと一緒に過ごしてきた友人の死。しかし、結局の所それは他人に降りかかった災難であるのだ。まるで他人事のように思ってしまっても仕方がない。
 僕自身が、その目に遭わない限り、その悲しみは到底理解しきれるものではない。

 ピカチュウは壮絶な手術を10時間も耐えた。あの小さな体で、ずっと生きようとしていた。レッド君は意識を取り戻した直後、ピカチュウの手術室にまでやってきたらしい。ずっと、そうして待ち続けた。彼自身の傷すらもロクに癒えたとはいえなかったというのに。点滴を片手に、ずっと手術室の前で立ち続けていたそうだ。
 彼はピカチュウがもう一度その手に抱けることを期待しながら、相反するようにもう二度と生きたピカチュウともう二度と会えないことも覚悟していたに違いない。そして、後者の結果になってしまった。
 ずっと共に生きて来た仲間の死を目の前にして、彼は何を思う。

 「マツバ。お前の任務はいつだ」
 「明日だよ」

 そうか。一言呟いて、イブキは去っていく。これから先、どう状況が進んでいくのかさっぱり予測できない。一つ言えることは、己のポケモンが死んでしまうかもしれない恐怖が、さらにこの本部を包み込んでいるということ。気で分かる。皆が怯え始めていた。あのチャンピオンのワタルさんからでさえ、その念を感じ取ってしまった。

 大会議室に収集された全トレーナーに告げられたのは、今回、レッド君とピカチュウが受けた攻撃についてだ。金属の小さな塊が彼らの内部にうめ込まれていた。皮膚や筋肉の突き破られた様子から、かなりの力を携えて入り込んできたようだ。ピカチュウは頭蓋骨を貫通されていたらしく、どんな武器を持ってすればそのようなことになるのか、分からない。そもそもそんな武器が存在するのか。ポケモンの技に無いことは確実だけれど、もしかすればさらに得たいの知れない力なのではなかろうか。
 敵側の動向が読めない。これはかなりの危険をこれから先、及ぼすだろう。それに怯んでいるわけにもいかないのだけれど、警戒を怠らないことに越したことはない。
 これからヘタをすればどんどん仲間達が死んでいく。実感が湧かないけれど、それはほぼ確定されている未来だ。その中に僕も入っている。次の任務で命を落とすか、それとも次の次の任務で命を落とすか、それとも━━━。

 いつか必ず来る「死」を覚悟するのは、もう少し先のことだと思っていたのに。

 そういえば、今回の件でゴールド君が精神的に傷を負ってしまった。会議に出ている様子を見ていた時、表面上は上手く隠していたようだけれど、それが分からなかったのはほんの一部の観察力に欠けたトレーナー達だけだったろう。彼の隣に居たヒビキ君も沈痛な面持ちだった。手持ちのポケモンの死が、まだ幼い彼らにのしかかったのだ。ゴールド君はレッド君と共に任務へ赴いていたから余計に罪悪感に覆われている。しかし誰が嘆こうが悲しもうが済んでしまったことは仕方がない。割り切らなければ。いちいちポケモンの死に対して気を使っている暇などない。任務は容赦なく降りかかってくる。その度に生き残っていけるのか、それだけが問題だ。
 周囲を気にしてしまって自分や自分のポケモンが死んでしまったら、それこそ話にならない。キレイ事を言っている暇などない。誰もが思っていること。

 なんて、寂しい世界。

 任務は明日に迫っている。場所はエンジュシティの東、42番道路から続くスリバチ山。僕は決して殺される気はない。ポケモンだってそうだ。容赦なく、敵を殺しに行く。動揺など見せては負け。憐憫の情などとっくに切り捨てた。相手に対しても。自分に対しても。絶対に、生きて帰って来て━━━。 


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