今日はレッドと家の近くにある小山で遊ぶ約束をしていた。けれど待ち合わせの時間になってもやって来ない。どうしかしたのかな?とちょっと不安になりつつレッドの家へ向かってみれば、どうやら風邪をひいて寝込んでしまっているらしかった。 レッドの母さんが申し訳なさそうに俺に謝ってきて、でも謝る必要なんてどこにもない。それよりもレッドが体調を崩している方が心配になった。 俺はてっきり約束なんて忘れられていたんじゃないか、だなんて思っていたんだけれど、風邪なら仕方がない。見舞いしなきゃな!と元気に言うと風邪がうつるからダメだって母さんに言われて。少しがっかりしつつレッドの家を後にする。 自分の家に帰ってくればナナミ姉さんが迎えてくれた。「レッド君、風邪なんだってね。グリーンが出て行ったあとにレッド君のお母さんから電話があって」とつらつら聞かされたけれど上の空。 今日の約束は楽しみにしていたのだ。レッドの知らない小山の秘密の場所とかを教えてやりたかった。部屋でいつものゲームをしても何だか楽しくなくて、ボフッとベッドへダイブする。最近はずっとレッドと遊んでいたから、一人で遊ぶのがつまらなくてしようがない。あーぁ、どうして風邪なんてひいたんだ。レッドの奴。 そういえば昨日はいつも通り無表情だったけれど、少し顔が赤かった気がする。もしかすれば昨日の時から体調が悪かったのだろうか。それなのに無理に遊びに付き合してしまったのは俺。 何だかどんどん自分が悪い気がしてきて、居ても立ってもいられなくなる。顔から枕を押しのけてダダダと慌ただしく階段を降りる。ちょうどスレ違ったナナミ姉さんに「出掛けてくる!」と一言大声言えば、すぐにレッドの家へ向かった。やっぱり会わないとダメな気がする。極力レッドの体調に障らないように。もう一度レッドの母さんに掛け合ってみよう。 「ぁ、あのっ、お邪魔します」 「あら、グリーン君。どうしたの?」 「レッドに、会っちゃダメですか」 インターホンを押せば驚いた表情でレッドの母さんが出て来た。息が切れた俺から必死さを伺ってくれたらしい彼女は、とりあえず俺を家に招き入れてくれた。初めて上がるレッドの家は新築を匂わせる木の香りが漂っている。綺麗な家だった。ここでレッドが生活してるのかぁ、と変な感じ。 「そうねぇ、グリーン君に風邪がうつっちゃったら困るし」 「大丈夫です! 俺、風邪ひかないんで」 「ふふ、元気ね」 相変わらずの優しい頬笑み。でも今回はいつもと違って、すぐに暗くなってしまった。どうしたんだろう。首を傾げて見つめる俺に、母さんは頬に手を当てて苦笑しながら零した。 「あの子、━━━レッドはね、元々外で遊ぶ子じゃなかったから、多分グリーン君と遊ぶようになって疲れが溜まっちゃってたのよ。それが風邪になっただけだから休めば大丈夫だと思うわ」 「ぇ、ぁ、おれの、せい?」 「違うわ。良いことなのよ。あの子にはもっと体いっぱい使って遊んで欲しかったから、これは良い風邪。でもグリーン君にうつっちゃったら、しばらくあの子外で遊ばなくなるからダメなの。言いたいこと分かってくれるかしら」 何だか頷かなきゃいけない気はしたけど、レッドと会えないのもイヤだった。ふるふる首を振って泣きそうになりながらお願いした。だって、やっぱり俺が無理させたのも理由の一つじゃないか。ちょっと顔を見るだけでもいい。会わせてくれないだろうか。頭を下げたらさすがに母さんが折れてくれて、「少しだけね」と言ってレッドの部屋の前まで案内してくれる。初めてだ。どうせなら遊ぶ時に来たかった。 ただ部屋に入るのもアレだから、レッドの額についている冷却材を交換することを頼まれた俺は、ひんやりと冷たいソレを両手で持ってソロソロ足を進める。すっぽりとベッドに入っているレッドは上向きに寝ていた。息はまだ辛そうだ。 起こさないように近づいて起こさないように冷却材を取り換えた。熱い。レッドから放たれた熱に触れて驚く。まだ体温は高いのだろうか。はぁ、はぁ、と息の音が聞こえる。このまま死んじゃうなんてこと、ないよな。不安が押し寄せて仕方がない。 そわそわしながらレッドの頭の隣に座ったものの、何も出来ない現実が襲うだけ。いっそのこと俺に全部うつしてくれたらいいのにな。あっ、でもそれだと母さんは喜ばないのだ。レッドが外で遊ばなくなるから、と。難しい。それならどうすればいい。レッドの風邪が今すぐにでも治ってくれたら何もかも丸く収まるのに。頑張れ、レッド。風邪のウィルスになんか負けるな! 「……っ、? ぐりーん?」 「!?、え、ぁ」 しまった、レッドが起きた。ゆっくりと重そうな瞼を押し上げて。どうしよう。急いで部屋から逃げようと思ったけど、立ち上がる前に腕を掴まれて叶わない。手の温度も高い。本当に、大丈夫なのか。俺が何も言えないでいるとレッドが不思議そうな顔をして見つめて来た。 「お見舞い、来てくれたの?」 「ぅ、うん、その、つもり」 「ありがと」 普段無表情なレッドが珍しく柔らかく笑った。何故かそれにどきりとする。あぁ、レッドの熱がうつった。まずい。顔が熱くなるのが自分でも分かって俯いた。風邪がうつったらきっと母さんが許さない。怒られる。あわあわと揺れる思考回路の収集が付かなくなった時、不意にレッドの手が俺の頭を撫でた。 「うつるから。帰った方が良いよ」 「だ、大丈夫だって、俺、風邪ひかねぇもん」 「なにいってんの、分かんないでしょ」 「だって、今日約束してたし、レッドがいねぇとつまんねぇし」 「ごめん。すぐ治すから。また行こうね」 「うん」 こういう時、レッドが大人に見える。俺の方がまるで子供みたいで、同年代なのにその差が何だかもどかしかった。別にレッドが俺よりも上に見えるとかそういう問題じゃなくて、何て言うか、俺は一緒にレッドと走りたいのに、一歩だけ前をいかれている気がする。なんとなくだけど。 あ、まずい、また泣きそうだ。レッドの前じゃ絶対にもう泣かないって決めてたのに。どうしてこんなに辛くなるんだ。しっかりしろよ、俺。 じわじわと鼻の奥から湧きあがってくる熱。頑張って抑えようとしたけど、無理なようで。ぐずりと鼻を啜れば、レッドが顔を顰めた。 「グリーン」 ぽんぽん。レッドに頭を軽く叩かれた。まだ何とか涙の流れていない顔を上げると、コツンっと額が触れた。何に?―――レッドの、額にだ。 一気に近づいた顔にびっくりする。相変わらずキレイな赤い目だなぁ、なんて考える暇も無い。心臓がバクバクする。息も止まってしまった。頭が爆発しそうに熱くなる。なんだこれなんだこれ。訳の分からない感じ。 「泣き止んだ?」 そう訊かれて、涙が引っ込んでいることに気が付いた。あーやらうーやら言葉にならないものが口から零れて止まらない。どうしたんだ俺。そんな様子にレッドは笑う。まだ熱っぽい顔をしてはいるが、だいぶ楽になってきているよぅだ。俺が来たから、という理由だと嬉しいけど、多分冷却剤のおかげじゃないだろうか。 そんなこんなで無事にレッドと会えたけれど、何だか良く分からない感情に付き纏われたまま、俺は家に帰った。姉ちゃんに「顔が赤いけど、レッド君のがうつったかしら?」と言われたが、全力で否定した。だって違ったんだ。風邪をひいたときの感覚とは全然。それの正体が何なのか、今の俺に知る術はなかった。知ってしまったら逆に大変なことになる気がして、あまり知りたいと思えなかった。 とりあえず早くレッドと遊びたいって想いだけが頭にあるように、他に余計なことを考えないように、自分に言い聞かせた。 title ×
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