お隣に引っ越してきたのは同じ年の男の子で、その子がお母さんと一緒に俺の家に挨拶をしに来た時に初めて出会った。

 姉ちゃんが「仲良くしてあげようね」と笑顔に言って来たけれど、正直俺はあんまり仲良くしたくなかった。だって何か空気が暗いように感じたし。俺みたいな奴と気が合うとは思えなかった。挨拶だってお母さんが話して終わっただけだ。その子は一切喋らない。口が本当についているのかさえ疑問だった。真っ黒な前髪は顔全体を覆う程長くて、その顔が良く見えない。はっきり言って、俺の苦手なタイプ。
 それでも握手とかしなきゃいけない空気で、「よろしく」と言っては見たものの、手を握っても何も返答が無い。何なんだ、こいつ。ちょっとムスッとしてしまうと、姉ちゃんが密かにお尻を抓ってきた。痛い。

「ごめんね、この子ちょっと口ベタで。初めて会った子とはあんまり喋れないのよ。グリーン君がずっと仲良くしてくれたらこの子も話し出すと思うわ」

 そんな俺の様子に気付いたのか、お母さんがちゃんと話してくれた。俺の姉ちゃんとはまた違う優しげな瞳だ。俺は姉ちゃんとじぃさんとしか暮らしてないから、お母さんというものがどんなものか分からない。でも、とても温かい人であることは良く分かった。自分の子供にだけじゃない。他の子供に対してもだ。何だかその温かみに触れて俺はちょっと恥ずかしくなる。こんな優しいお母さんの子供に、あんな表情を向けてしまった。

「それでは今晩の夕食、お待ちしておりますね」
「本当にありがとう、嬉しいわ」

 そう、今日は俺の家で引越祝いをすることになったのだ。姉ちゃんの手料理は元々美味しいけど、パーティーとかの時はもっと豪華になる。その言葉に俺もパッと顔を上げた。楽しみで仕方がない。とりあえず家へ帰ろうとする二人に笑顔を向ける。

「姉ちゃんの手料理美味しいから、絶対来てくれよな!」

 言葉遣い!と姉ちゃん叱るように俺の頭を叩こうとしたけど、すぐに後ろを振り向いて自分の部屋まで全力疾走。逃げるが勝ちだ。おそらく姉ちゃんが二人に謝っているだろうけれど、そんなの俺には関係ない。もう頭の中には夕食のことしか浮かばなかった。ハンバーグも海老フライもスパゲティも、色々出てくるだろうなぁ。そうだ、じぃさんのポケモン達も一緒に食べないかな。ポケモンフーズばっかりじゃなくて、人間の食べるモノだって彼らは美味しく感じないのかな。
 などなど、色々と思って顔がニヤけて、夕食の時間まではまだあるからゲームでもして時間を潰す。そういえばあの男の子はゲームは出来るのか。あっ、名前。確かレッドとか言ったかな。あんな前髪が長いんじゃぁテレビの画面だってロクに見えなさそうだな。
 そうだ、今日の夜一緒にゲームをしないか誘ってみよう。出来ないっていうならコテンパンに打ちのめしてやる!
 良いことを思いついた。今晩が楽しみで、早くレッドとお母さんがやって来ないかワクワクした。マサラタウンにはあんまり子供がいない。特にこの辺りは。俺と同い年の子が隣に引っ越してくるなんて、ちょっとした偶然だった。良い遊び相手になれれば俺も嬉しい。その前に上下関係を教えておかないとな!




×