回る視界



キルアという、友達がいる。

私の侘しい友達経験に基づいて言うのもなんだけれど、なんともまあ、友達がいのない友達である。いくらか年下の彼は元殺し屋という少々おっかない経歴の持ち主であるのだが、お菓子やゲームが好きでちょっと、いや割と生意気な、けれどもかわいらしい子だ。

おっかない、という点に関しては、あまり突っ込むと盛大なブーメランが飛んでくるので普段は避けているのだけれど。いやでも、彼の家族は本当にだいぶんおっかない。

彼の父親からして、齢一桁の子ども、まあつまりキルアを身一つで天空闘技場に放り込むお方なのだ。あの地で私は彼と出会ったのだから感謝するべきなのかもしれないが、獅子は子供を千里の谷に突き落とすを地で行くのは驚くだろう。

最も、私は普通の親子というものを知らないから、これもあまり突っ込んで言えたことではない。自分の親は記憶の遥か彼方すぎて覚えていないし、唯一身近にあった家族は、彼の家族とは別の方向にちょっと物騒で参考にならない。

それより何より、一番上の兄。彼の家族はおっかないという認識の、実に99%を占めるアイツだ。イルミと言ったか、名を思い浮かべるだけで背筋に怖気が走る。

だって普通、弟の友達だからなんて意味のわからない理由で殺しにくるやつがいるか?残念、恐ろしいことにいるのである。幾度も殺されかけた私が言うから間違いない。

邪魔だなんだと散々言われた。嫌気がさしたこともあった。けれど時折顔を合わせるたびに、当のキルアが心底嬉しそうな顔をするから、そんなふうに思うのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。

ああ大切だなあと、頑張るしかないなあと、心の深い場所にことんと落ちてしまったのだ。

けれど、友達に"なりたい"なんて。

キルアに引き連れられて受けたハンター試験で、紆余曲折あった中でキルアはそう言った。受験自体はよかったのだ。いい加減、ちゃんとした身分証が欲しかったから、正直渡りに船だった。

ああけど、そんな言葉は、あんまり聞きたくなかったなあ。だって、君と会ってから何年経つ?わたしがその間、君の友達だからと何度殺されかけたと思ってるんだ。いや、絶対に彼の耳には入れないけども。それにしたって、まったく、友達がいのないやつだ。

と、冒頭に戻るのである。



そんなことを、ぐだぐだ思い返していた。何年か経ったはずなのに、つい昨日のことのようだ。私は根に持つタイプなのだなあと、他人事のように床にひっくり返ったまま考えていた。

いつも通りに寝て起きた朝、ベッドから降りようとして、そこで膝がかくんと折れたのだ。それきり、指先すらぴくりとも動かないのだから困ったものである。

あーあ、散々無理を効かせたツケが、いよいよ回ってきたらしい。天井を見上げてかすれた息をついた。それすらも億劫なほどひどく眠たい。

この状況の原因について考える。考えるまでもなくちゃんと分かっているのだが、何となく、一から思い返したくなるのだ。もしやこれが走馬灯というやつだろうか。



兎にも角にも、私がかの兄上の襲撃を受けながらどうにかこうにか生きてこられたのは、私の念能力に寄るところが大きかったということである。

今も昔も、私は痛いのが嫌いだった。そして発を考えたあの頃は、特に生きたいという欲が強かった。強化系に属する私が、その回避を最優先にした結果のそれ。ひとつは、攻撃を受けなければいいと機動力を重視して。もうひとつは、簡潔に言ってしまえばオート回復だった。

自己治癒力を強化し、負ったダメージに反応して即時回復する能力。便利だけれど、ただちょっと、加減を間違えたかなあとは思う。回復の度合いやタイミングの制御が効かないし、その時死なないことに重点を置いたから、致命傷でも回復できるように寿命を前借りすることにした。

この能力がなければこの歳まで生きていないのは間違いないから、結果的にはよかったのだ。

外の世界を見たかった。だからマフィアに買われてまで、あのごみ溜めの街を出た。そこで出会った、たまたま長く生き残った同郷の人間に誼みだからと念を教わって、だから護衛という名の肉壁の日々も、抗争で壊滅したあの日も行き延びることができた。

だから、天空闘技場でキルアと会うことができたのだ。ハンター試験に参加して友達が増えた。同郷の盗賊を相手取ったり、お高くて危ないゲームに参加したり、外来種の駆除に赴いたりと大変な目にあったけれど、まあ、総じて楽しい日々だった。幸せだった。



だから、これでよかったのだ。

それにしてもきみ、どうしてこういう時だけ妙に察しがいいんだろうね。かすんだ視界に青が眩しい。

あ、ちょっと愚痴ってたせいか、変なとこ耳聡いもんな。というかアルカちゃん一緒じゃなくっていいの。ああでも、居るのかもしれないな。もうずっと音が遠いから定かじゃない。

遊びに来てくれたっぽいのにごめんよ。また今度、会えたら埋め合わせするから。それじゃね、おやすみ。





最後にこっそり言っておくとね、私、きみのこと好きだったんだ。

- ナノ -