言わなきゃいけないことがある。
言わなきゃいけないときがある。



「臨也さん、」



たぶん、今がそのときだ。





「扇風機の前から退いてください。」



だってこれは死活問題だから。






最高気温35℃―――お天気お姉さんには失礼だけど自分の目を疑った。
いや、結局予報は当たっちゃったわけでやっぱりお姉さんは正しかったんだけど。
お姉さんごめん!
そんなことを考えながら目的地に向かってひたすら歩く。
何が悲しくてこの炎天下でパシられなくてはいけないのか。
横暴な雇い主の急な呼び出しには慣れたつもりだったが「アイス買ってから来てね(笑)」のメールを見た瞬間、携帯をへし折りそうになった。


(唯一の救いは臨也さん家にクーラーがあることだよなあ……)


手にぶら下げたレジ袋の中身が溶けないよう足早にエレベーターに乗り込みながらそんなことを思う。
アイス代は臨也さんにふっかけよう。
そのために敢えて高いアイスを買ったんだ。



だからドアを開けるまで気づかなかった。



「あーおはよー正臣くーん。」



扇風機の前でいい歳した大人(自称永遠の21歳)が喋る光景の破壊力を俺は知らなかった。
小さい子なら誰でもやるであろうその可愛らしい行動は臨也さんがやると不気味だった。
むしろ気持ち悪い。
こっちの考えを知ってか知らずか、臨也さんはにやりと笑って爆弾を落とした。



「クーラー壊れちゃったんだよねえ」

「……マジですか、」



ああ神様仏様、お天気お姉さんに俺、紀田正臣は誓います!
もう天気予報と占いは疑いません。
今朝の占いで双子座が12位だったことを思い出しながら、ふとそんな誓いを心の中で立てた。





「正臣くーん、そうめん食べたーい」

「今作ってますからアイスでも食べて我慢しててください、あと扇風機独占すんのやめろ」



鍋から立ち上る湯気が俺の体感温度をガンガン上げていく。
臨也さんはと言えば呑気に扇風機の前で俺を急かしている。
コイツ自分が扇風機から離れるのが嫌だから俺を呼んだな。



「臨也さーん出来ましたよー」

「ありがとー」



あ、間延びするの伝染された。
そんなことを思いながらそうめんと小鉢を載せたお盆を持っていく。
それらをガラステーブルに並べるとなかなか清涼感が漂った。
ついでにそこに散乱していたアイスのゴミも片づける。



「あとでアイス代くださいね、結構高いやつ買ったんで。」

「さては正臣くん、俺がそんなことで困るとでも思ってたのかな?」

「御名答。」

「愛を感じないなあ、まあでも、折角お使いしてくれたから。」



胸ぐらを捕まれて引き寄せられる。
至近距離で臨也さんが笑う。
俺は全然汗をかいてない様子よりも唇に押しつけられた冷たいそれに驚いた。



「はい、ご褒美。」

「…いやうれしくないです。」

「でもおいしかったでしょ?」

「……そうめん食べないんですか、」



いつもよりちょっと高いアイスはたとえ臨也さんの口移しでもおいしかった。



「なんかそうめん食べるよりシャワー浴びたくなっちゃったー」



だから一緒に入ろう、と言って臨也さんは俺を引きずって浴室まで連れていく。


(……鏡見たくないな、)


俺は知らなかった。
ご褒美のキスがこんなに甘くてうれしいなんて、知らなかった。
未だ顔に集まる熱に、思わずうつむいたまま浴室に向かった。



とある夏の日のこと

(正臣くんが可愛いのはいいんだけどクーラー壊れてるのは辛いよねえ…あ、)
(俺が正臣くんの部屋に行けばいいのか。)

(……クーラー直してください。)



10.07.10





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