「ねえねえ正臣くん。」



俺に胡散臭い笑顔を向けた臨也さんが手招きをしている。
相変わらず不気味だ。


(あーあ…)


これはろくなこと考えてない。
そういうのは大抵俺が折れる羽目になる。
そうじゃなくても立場上断ることは無理だし、でもついつい癖で反発する。


「なんですか、コーヒー淹れてほしいんですか?それともお腹減ったんですか?俺これでも暇じゃないんすけど。」

「うん、じゃあ仕事しながらでいいよ。」



はい?と聞き返す前に体が硬直する。
これは…えーっと、なに?



「……臨也さん、」

「いやーこれが所謂一石二鳥ってやつだよね。正臣くんは仕事が続行できて俺は正臣くん充電できるっていう。」

「…仕事の邪魔なんで離れてください。」

「えー満更でもないくせにー。」



後ろから抱え込むように俺の後ろに座った臨也さんは満足そうに笑う。
その足の間に収まってしまう自分がなんつーか、情けない。
パソコンのキーボードを叩く度に腕に臨也さんの腕がぶつかるから、邪魔って言ったのは本当だ。
本人は気にも止めないで俺を抱きしめたままなのだが。



「あの、腕が…」

「え?何、もっとぎゅーってしてほしい?」

「うそですなんでもありません。」



何をしたってこの人には敵わない。
一歩外に出ればじめじめした夏の空気がするのに、この仕事場は涼しい。
クーラーが利いた部屋は外と比べたら正しく別世界だった。
そこで神様みたいに全てを見下ろすのを仕事にしてるような人だ。敵うわけない。
俺はいつだって、そんな神様の気まぐれに付き合わされて苦労しているんだ。
これからもその事実は変わらないだろう。

俺の運命は神様の気まぐれに左右される。





この不健康なくらい涼しい部屋はむしろ肌寒いくらいで、


(…というか充電って何?)





俺の思考を否応なしに背後に感じる確かな熱に向かわせる。



(それじゃあまるで―――)







「…臨也さん、この部屋クーラー利きすぎです。」

「うん、寒い?」

「寒いです、だから」



一石二鳥ですね。



そう言って俺から抱きつくと臨也さんはちょっとびっくりしたみたいな顔をした。


(あーあ…)


これで一石三鳥だなんて思ってしまうところまで、この人の計算通りなんだろうか。
だったら悔しいけど、今は全身に感じる体温に身を任せたいと思った。



提案とは名ばかりの

(ただのあなたの暇潰し)
(だけど、同時に俺も満たされてる)



10.06.29





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