横たわる少年の姿はどこか儚げで、今にも消えてしまいそうだなんて非現実的なことを俺に想起させた。






正臣くんが目を覚まさない状態が、早いもので3日続いている。
理由は明確。
原因だってわかってる。
でも、彼は目覚めない。



「どうしてこうなったんだろうね?」



静かな室内に呟かれた言葉が響く。
いつも使っている部屋なのにまるで知らない場所にいるような錯覚を覚えた。
「どうして」を口にするのは簡単だ。
口にするだけなら。



「……欲は斯くものじゃないね。」



路地裏に転がる彼の姿が、まだ目に焼き付いたまま。
危ないとわかっていたなら、助けに行けばよかったのだ。
だけど俺は待った。
また彼が「助けてください」と言うのを。

その結果がこれだ。



「そりゃあ会いたくもないよね。」



呟きは部屋に吸い込まれる。
白い肌には白い包帯と痛々しい打撲傷。
治りかけの傷が付いた頬を撫でる。
それでも全く反応しない彼。
そういえば、傷ついた彼を友人の闇医者に診せに行ったら思いきり嫌な顔をされた。
新羅は嫌な顔をしたまま俺に背を向けて、正臣くんを労るように彼の髪を撫でた。



(君は馬鹿だね。)

(正臣くんは結構賢いよ。俺の興味の対象になるくらいには。)

(……僕は臨也に向けて言ったつもりだったんだけどね。まあ、そういう意味なら紀田正臣くんも馬鹿なのかもしれない。)

(わかるように言ってくれない?)

(傷は多いけど内臓とかにはダメージ少なかったみたい。喧嘩の仕方は知ってるみたいだね。)

(ちょっと、質問に答えてよ。)

(だから1日くらい寝たら目を覚ますと思うよ。それよりも今回は外傷より精神的な苦痛が勝ったろうから、その点ではいつ目覚めるか保証しきれないな。)

(大丈夫じゃない?正臣くん丈夫だし。)

(あと、目覚めなかったら臨也に責任があるんだからね。)

(わかってるって、俺が助けてあげれば良かったって言いたいんでしょ?)

(……君が本当にそれしか身に覚えがないんだとしたら、)





ぼんやりと目を開けると、外はいつの間にか暗くなっていた。
どうやら彼の寝ているベッドに寄りかかって寝てしまったようだ。


こうしてまた1日が終わる。
明日になれば彼は目覚めるだろうか。
もしかしたら明後日、また次の日、また次の日、また次の…。


いつになれば目を覚ますのだろうか。



「俺は愛を知らないんだってさ。」



友人の言葉を反芻する。
本当の愛を、知らないのだと。
人が困っていたら助ける、なんて倫理観の元の行動を闇医者に説かれる日が来ようとは。世も末である。



(君がいつまでも現実から逃れようとするのは自由だけどね、逃げちゃいけないこともあるよ。)
(そういうことに限って、逃げてる内に向こうから逃げられるんだ。)

(気づいたときにはもう手遅れなんて、君だって嫌だろう?)



理解できない。
否、もしかしたら理解しようとしていなかったのかもしれない。

こうなった理由と原因を。



「…俺に会いたくないから、か。」



正臣くんは寝てるとき、辛そうに眉間に皺を寄せたり身動ぎしたりしない。

何もしないのだ。

その寝顔は穏やかで、何もない。
安らかな眠りにも見えるし死んでいるように冷たく見えるときもある。



「新羅に文句言わなきゃ、何が1日で目を覚ますだヤブ医者め!って。」



そう言って立ち上がり、おもむろに彼の頬を自分の手で包む。
月明かりを浴びて白く光るその肌は、思ったより温かくて安心した。



「どうしてだろうね。」



彼の瞳が俺を写さないことも、口が俺に対する憎まれ口を叩かないことも、その口から自分の名前を呼ばれないことも。
欠けているものすべてが、俺をこんな気持ちにさせているのは、



(「どうして」を口にするのは簡単だ。……口にする、だけなら。)



触れた唇は、冷たいような気がした。



スリーピングビューティー

(お姫様は王子様の口づけでも目を覚ましませんでした。)
(……キスで目覚めるのは白雪姫か。)


10.06.26





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