俺の雇い主はどこまでも自己中心的な正真正銘のエゴイストだ。
自分の思った通りにことが進まないと、目に見えて不機嫌になったり無茶な要求をしてきたり。


今回もまた、それに然り。






「正臣くん、観覧車乗ろう。」


「……は?」




朝から電話口でそんなことを言われて洗っていた皿を落としそうになる。
至って真剣な声色でそう言った雇い主――折原臨也は「じゃあ9時にね。」と言い残して一方的に通話を終了させた。



(わがまま星人め、)



傍若無人な行動に溜め息をつく。
それでも指定された遊園地に向かって歩いてしまう自分にも溜め息が出た。










「やあ正臣くん、おはよう。」


待った?なんて遅れてきた恋人のようなセリフに「俺もたった今来たとこだよ」なんて笑顔で言ってやる気は全く起きなかった。女子だったら別だけど。



「…ええ、かれこれ1時間は待たせていただきましたよ。」



開園時間は10時だった。
それでも律儀に待ち合わせ時間通りにここに来た俺を褒めてほしい。
そりゃ、敢えて来ないことも出来たのだ。
「臨也さんの下らない思いつきには付いていけませんよ。」とか言って。
減給されるだろうけど。





朝の遊園地は人が少ない。
カラフルで活気が満ちたいつもの姿を全く感じさせないほど静かで、それが余計に物悲しかった。
朝から言っていただけあって本当に乗りたかったらしく、臨也さんは真っ先に観覧車に向かって歩いていった。―――俺の手を強く握って。





大の男が2人して観覧車、なんて非難するような客もいない。
周りには誰もいなかった。
遊園地に来て一発目に観覧車を選ぶ人が少ないからだろう。
つくづくこの人は逆行している。


観覧車に乗ろうとしているのは俺たち2人だけだった。





少しずつ地面が遠くなる。
天気が良かったのが唯一の救いで、遠くに見える景色をぼんやりと見つめた。



(観覧車なんて、何年ぶりだろう)



ふと臨也さんを見ると、俺と同じようにぼんやりと遠くを見ていた。
いつもの嫌な笑顔は封印されてる。
嫌なこと言う口も閉ざされてる。
片手は膝の上。
もう片方は俺の手を握ったまま。

視線の先を辿ることは出来ない。




(…黙ってればかっこいいのに)




いつもと違う様子に調子が狂う。
せめてこの行動の意味を教えてもらおうと口を開いた。




「頂上だね。」

「え、あ、はい…」




先手を取られた。
やっと口を開いた臨也さんは俺に視線を移すと、俺の嫌いな笑顔で言った。




「ここに来るとさ、全てを支配した気持ちにならない?」

「……悪趣味っすね、」




空気をぶち壊す発言で、この狭い空間にいつも通りの空気が流れた。
いつも通りの笑顔。
いつも通りの――――




「……臨也さん、」

「なに?あ、離してっていうお願いだったら聞いてあげられないからね。」




繋いでいた手を引かれて抱きしめられる。
正直に言うと暑いし離してほしい。


でも、離してほしくない。




「夢を見たんだけどさ、」
「あんまりいい夢じゃなくてね。」

「ちょっと怖くなった。」




耳元でそう呟く声は、たぶんいつもより弱々しくて暗くて。
喋る度に肩に伝わる振動がむずがゆい。
微かに伝わってくる心臓の音を聞きながら、俺は目を閉じた。

そうしてゆっくりと臨也さんの背中に自分の腕を回した。



「俺なら、ここにいますよ。」





俺の雇い主、兼、俺の恋人は自己中心的な正真正銘のエゴイストだ。
こちらの意思なんてお構いなしとばかりに勝手なことするし、無茶な要求をしてくる。

どうしようもない人だけど、俺はこの人から離れることなんて出来ないんだと思う。

俺はどうしようもなく、この人が好きだから。







地面が近づいたけど、また遠ざかる。
観覧車は俺たちを乗せてまた回った。



めぐりめぐってまた好き

(乗るの、あと一周だけですからね。)
(じゃあ続きは正臣くん家でしていい?)
(……好きにしてください。)



10.06.26





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