「一人か?」

「…またあんたか。言っとくが、楽しい話なんて出来ねぇぞ、俺は」

「愚痴でもなんでもいいさ、満足できるなら」

「まぁ、いいぜ、俺も誰かと飲みたい気分だったんだ」

「珍しいな、そんなことを言うとは。疲れているなら無理はするなよ、お前さんの飲み方は時々、見ていて心配だ」

「説教なら今度聞くよ…」

肩を落とし、項垂れたままでカウンターに肘をついて、美味しいとは感じでいなさそうな顔で酒を煽るジャドを、マックスはいつからか放っておけなくなっていた。ジャドの姿があると、必ず声をかける癖がついてしまっている。大抵面倒くさそうな、嫌そうな顔をされるが、それでもこの男を、何故か一人にはしておきたくなかった。
今日の落ち込み具合は相当だ、と感じ、許可を得る前に隣に座る。ぶっきらぼうに、このおっさんにも同じもんを、と注文したジャドが、もう許可を出したようなものではあったが、それも、いつものこと、になりつつある。

「それで、今日はまたどんな失敗を?」

「失敗前提かよ…やっぱ性格悪いよなあんた」

「はは、段々好きになってきただろう?」

「すっ……いや…、まぁ、慣れたよ」

「? そうか、続けるものだな」

一瞬、目を見開き、狼狽えた様子を見せたジャドに気付いてはいたが、マックスはそれについて聞くことはなかった。何かあるのであれば、本人が話したくなったら話すだろう。自分はこの、ストレスを目一杯溜め込むのが趣味のような男から、黒いものを吐き出させるだけだ、とマックスは目の前に置かれたグラスをジャドに向けて少し傾ける。それに気付いたジャドも、苦笑いをして少しだけグラスを上げて見せたので、マックスはそれを合図に遠慮なく切り込む。

「で、今日は何をやらかしたんだ?一つも売れなかっただけの落ち込みかたではないな?」

「ほんっとにあんたは…」

「まぁまぁ、話してみろ」

「今日は…いや、いい。生憎失敗はしてない」

「何?珍しいことは重なるものだな」

「…兎に角、今日はいい。やっぱり一人で飲む。それ飲んだら部屋に戻るんだな」

「つれないことを言うな。一杯では酔うに酔えない」

「んなこと、俺には関係ない」

「そんなに話しにくい内容であれば、私の部屋で聞こう」

「はっ?何言ってんだあんた、」

「たまにはいいじゃないか。他の客を気にすることもない。一人で飲みたくなる気分のときもあるのでな…部屋にはいいウイスキーを置いている。どうだ?ここらじゃ滅多に手に入らない代物だぞ」

「別に俺は…話なんかしなくても、誰かと飲みたくなっただけで…それももう、どうでもよくなったから、」

「ほら行くぞジャド」

「聞けよ。…はぁ、分かった。一杯だけ付き合う…あんたも大概しつこい男だな…」

「気付いてくれてありがとう、私の長所だ」

「チッ、」

部屋に向かっている間、ジャドはずっとマックスの後ろを着いて来ていたが、その足取りは重く、時々足音が聞こえなくなるほど距離があいてしまっていた。おかげで、宿泊している部屋に着くまでに、マックスは何度か振り返ってジャドがいることを確認しなければならなかったが、それよりも、顔を見る度に跳ねるジャドの肩に引っ掛かっていた。
本当に無理して付き合おうとしてくれているのならば申し訳ないが、だからといってここまで連れてきておいて、嫌なら無理せず帰っていいと言うのもまた、気が引ける。

「ここが私の部屋だ。くつろいでくれ」

「へぇ…やっぱ凄いんだなこのホテルは…」

高級感を漂わせているのに華美でなく、上品で落ち着いた雰囲気の内装や家具をひとしきり溜め息を吐きながら見回って、ジャドは、一体いくら払ってるんだ、と気が抜けたようにベッドに腰掛けた。いくら払っても構わない部屋ではあるな、とマックスは答え、ウイスキー入りのグラスを差し出すと、ジャドはそれをまるで水でも飲むかのように一気に喉に流し込んだ。

「おいおい…もっと味わって飲まないか…」

「ん…うまいなこれ」

「中々手に入らないと言ったろう?」

「じゃ、もう一杯くれ」

「全く…で、本当は何があったんだ?今日は特に様子がおかしいぞ」

「……やっぱりいい、元々一杯の約束だ。帰るよ」

「待て、ジャド。もし私に話し辛いことなら、イアンやグレイでもいい、話してみたらどうだ?そうすることで考えがまとまることもあるし、まわりの人間が協力できることも出てくるだろう。なんでも一人で抱え込もうとするな」

「そんなんじゃない、仕事のことでもないし、俺の過去のことでもない。話し辛いんじゃなくて、話しても意味がないことなんだよ。俺だけがあほみたいに悩んでりゃそれでいいし、それで済む。…いつか忘れるだろうしな」

「…だが、それではお前さんがただ辛いだけではないのか?意味がないことなんてないぞ、どんなことにも」

「………じゃあ聞くが」

「何でも聞いてくれ」

「あんた、その…つい昨日まで、…同性の、友人とか、仲間だとか思ってた奴に、あー…たとえば、抱いてくれって、頼まれたら…どうする?」

軍人だった頃、キャンプ地では、よくこの手のことを言ってくる連中がいたことを、マックスは思い出した。だが彼らのそれは、戦場に身を置いていることへの興奮と性的興奮を取り違えたものであって、純粋な愛情ではなかったように思う。それに対して仲間として抱き締めて気持ちを落ち着けてやることはあっても、行為にまでは及ばなかった。
母国へ帰った彼らが、戦争以外の精神的な傷を負うことは、避けたかった。応えられず申し訳ないという気持ちはあれど、否定するようなことはしなかったと思う。それも己の都合のいい考えで、相手の取りようによっては、そうではなかったかもしれない。その結果彼らがもし傷ついていたとしても、安易に繋がりを持った、その先を考えると、あれで良かったのだと、マックスは思うようにしている。

(今や此処も、ある意味、戦場なのかもしれんな…この男にそんな悩みを持たせるとは)

キメラが出現するようになってしまったこの街で、それを共に倒す仲間は、決して多いとはいえない。アビーやメリー、メロディやミオのように、ジャドの悩みの種となっている人物にとって、気軽に話せる家族や友人というものが我々の中にいないのであれば、こういったことになるのも、無理な話ではない、とマックスは眉間に皺を寄せ、太息を吐く。

「もしお前さんが誰かにそういわれたのなら、正直な気持ちを伝えるといい」

「いや、」

「上手くやれそうにないからな、言葉を選ぶとかえって期待させてしまうぞ」

「そうじゃなくて…」

「無理なら無理と、」

「だから!俺がどうとかじゃなくて、あんたがどうなんだって、聞いてんだよ!」

声を荒げて急に立ち上がったジャドが、その勢いのまま、足元においていた自分のビジネスバッグを蹴る。驚き、つられるようにして立ち上がったマックスが自分の方へ来ないように片手で制止して、ジャドはもう片方の手で乱暴に頭を掻きむしった。

「おい、落ち着け、私は」

「あぁもうめんどくせぇ!俺があんたに言ってんだよ!抱いてくれって!俺が!あんたを!好きなんだよ!」

「…は?ジャド、今なんと、」

「うるせぇよおっさん!耳でも遠くなったのか!?聞こえてただろうが!それとも何か?聞こえなかったフリでもしたかったのか!?悪かったな、気持ち悪ィこと言っちまって!」

「いやまて、誰もそんなことは言っていない」

「俺だって分かってんだ、こんなのおかしいって…こんな…男なのに、」

自分を落ち着かせようと、頭を掻いていた手を握りしめて唇にあて、蹴ってしまったバッグを掴んで、ジャドはドアの方へ早足で歩く。マックスは慌てて追いかけ、部屋から出ようとしたジャドの腕を、思わず掴んだ。その瞬間に、先程とは比べ物にならないくらい大袈裟に跳ねた肩に、マックスは、何か、腹に落ちるものがあった。バーに居たときと、この部屋に着くまでのジャドの様子が重なり、一つになる。

「離せよ…もういいだろ、話しはしたぞ…これ以上何が聞きたいんだよ…本当に勘弁してくれ……」

ドアハンドルに掛かっていた指が力なく落ち、捕まれていた腕を離され、ジャドは背中を壁に擦り付けるようにして、床へ座り込んだ。バーで見たときよりも小さくなってしまったジャドに、マックスは声をかけられない。

「……わ、忘れてくれ…俺も忘れるから…頼む、聞かなかったことにしっ、して、ほしい……明日から、もう、俺と喋らなくても、いいから…」

(参ったな…)

好きだと素直に言ったかと思えば、我に返って忘れろと泣く。大人のしがらみにとらわれた、子供のように純粋な気持ちに、どうにかして応えたい。矛盾と、突き放した瞬間に消えてしまいそうな危うさを孕んだ、この肩を抱き締めてやりたい。自分でも理由が分からないままそう思うマックスの手は、自然とジャドへ伸びていた。




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