「ここで少し待ってて、何か食べるものを買ってくるよ」

そう言って早足に離れていくジェシーの後ろ姿を、ドガは落ち着かない様子で眺めている。食事でもどうか、と連絡したのはドガの方だったが、まさかこの場所に連れてこられるとは思ってもみなかった。
夜中近いとはいえ、昼のように賑わうリバティウォークの真ん中で、著名なモデルと自分のような冴えない男が、デートなどしていていいのだろうか。彼のファンが彼に気付いたら?私を恋人と思う人間は少ないだろうが、もし、写真を撮られてネット上に載せられてしまったら、彼にマイナスイメージがついてしまわないだろうか。彼には熱狂的なファンも多い。勝手な憶測であることないこと書かれてしまっては、彼に迷惑がかかる。
誰に何を言われたわけでもないのにそこまで考えて、ドガは思議の途中に浮かんだ、デート、という言葉に自分で衝撃を受けて、空恥ずかしくなっている。

(な、慣れない…)

対人で後ろ向きに考えてしまうのは、ドガの癖のようなもので、直そうと思っても直るものではなく、また、ジェシーからもそのままでいいと言われているので、この状態の自分というものに、ドガは甘えてしまっていた。そもそも、付き合っているということにも未だ慣れていないのに、その先にあるものに慣れろというのは、到底無理な話なのだ。そう自分で自分に言い訳をするのも、ドガの癖になりつつある。

「お待たせ、ドガ」

「ぅわ!」

「どうかしたの?何かあった?」

「い、いや…考えごとをしていたので…すまない」

「そう?それならいいけど。じゃあ、食事にしようか」

そう言ってジェシーが次々にテーブルに並べたのは、ドガが滅多に買うことのないファストフードだった。お世辞にも美味しそうとは言い難いハンバーガーやチキンナゲットを、ドガは早く口に入れてしまいたかった。二人で食べはじめてしまえば、会話も減って、気恥ずかしさから少しの間は逃れられる。

「僕はこの野菜のをもらうよ。ドガはチーズので良かった?」

「ああ、構わない。頂くよ、ありがとう」

逃れられると思っていたが、いざそうしてみると、ただ黙々と、時折視線をかわしてはお互いに微笑み、食べるだけの時間に、ドガは最後まで耐えられそうになかった。自分でも、我慢しろ、やめておけ、と思いながら、とうとう口を開く。

「…しかし珍しいな、君はこういうもの、食べないと思っていたが」

「うん、食べないね。でもたまにはいいかと思ったんだよ」

「?まぁ、懐かしい感じはするな。学生の頃はこうして時々食べていた」

「実はそれが狙いなんだ。ほら、こういう場所でファストフードで食事を済ませるなんて、大学も近いし、なんだか学生同士のデートみたいでしょう?」

「、ゴホッ」

「ちょっとドガ!大丈夫かい!?」

僕、変なこと言っちゃったかな…と焦った様子を見せながらも、ジェシーはてきぱきとテーブルの上に散らかったハンバーガーを片付け、席を離れてドガの隣に立ち、背中を叩きながら、もう片方の手でドリンクを口元まで運んでいる。流石にそこまで世話になる訳には、とドガは受けとろうとするが、ジェシーがカップから手を離そうとしないので、大人しくされるがままになっていた。

「もう大丈夫だ…ありがとう」

「いいんだ、僕のせいだったようだし…」

「違う、あれは私が!…いや何でもない、君のせいではないよ、すまなかった」

席に戻ってからも、ジェシーは心配そうにドガを見つめる。それにドガは居たたまれない気分になり、思わず俯いた。
二人の関係性を浮き彫りにするような言葉に、ドガは敏感になりすぎている。反省すべきは、自分のティーンエイジャーのような、不慣れでナイーブな反応であって、ジェシーには何の問題もないのだ。穢れを知らないという訳でもないのに。と、目の前にジェシーがいるというのに、ドガは度々、物思いに耽ってしまう。
そんなドガを見て、ジェシーもまた、子供っぽいと思われたのかもしれない、つまらないのかも、やっぱりレストランにするべきだったかなと、やはり、誰に何を言われたわけでもないのに、ドガにつられるようにして考え込んでいた。

「あぁ、すまない、君がいるのにまた考え事を…」

「ううん、僕のほうこそ…もう落ち着いた?」

「うむ。まだ少し胸の辺りに違和感があるが…暫くしたら元に戻るだろう。気にするほどでもない」

「そう、良かった」

こういうことを、当たり前として受け入れられるようになるのだろうか、とドガはジェシーの顔を改めて見る。この綺麗な顔を、じっと見詰めることには、慣れてきたと思う。ひとつひとつのパーツや、これらの比率を、素晴らしいと言葉で褒めることも出来る。二人きりのとき、手を握られたり、抱き締められることにも、少しずつではあるが、慣れてはきている。それより先に進みたそうにしているジェシーの目を、真正面から受けることにも。だがそれは、決してドガに自信をつけるものではなかった。

「…ねぇドガ、ちゃんとしたお店に行こうか、温かい食事をとろう」

「え、いやこれで構わない。…というか、これがいい…久々に食べると、美味しい」

「無理、してない?」

「無理?していないよ?何故そう思うんだね」

「…あなたの好みも聞かずに、連れてきてしまったからね。少し不安に思ったんだ」

「なんだ、そんなこと気にしなくていい。私は君が話し相手として居てさえくれれば、別に場所が何処であれ構わない」

「っ…」

「ん?どうしたんだねジェシー、顔が、」

「だって、はぁ…ドクター・ドガ…あなたは僕を喜ばせる、天才だよ…。そんなこと言われたら、僕、叫びそうになる…」

「……あ、いや、違う、…ん?…いやいや、別に違いはしないんだが、その、」

「ふふ、分かってるよ。ありがとうドガ、あなたの気分転換に付き合わせてもらえるだけで、僕はとても嬉しいよ」

「気分、転換……」

「…?ドガ?」

それでも、彼に好かれていたいと、ドガは思う。こんな風に、気を使ったり、使わせたり、しないでいられるような関係になりたい、と。 その為には先ず、ジェシーの好意に、きちんと応えられるような人間にならなくてはならない。そうしてドガは、これまでの自分の人生の中で、あまりにも突飛で、想像すらし得なかった決意をした。今まで築き上げてきた自分というものを、まるで真逆にしてしまうような決意を。

再び俯き、イリーナに教わった呼吸法で自分を落ち着けると、ドガは真っ直ぐ、ジェシーに向き直る。
夜の屋外とはいえ、街灯や店の明かりがあり、いつ人目についてもおかしくないこの場所で、身を乗り出して懸命にパラソルの影に潜み、散々彼の評判を気にしていた自分を端に追いやって、ドガは、ジェシーに、初めて、キスをした。

「……え…ど、ドガ、いまっ、」

「…でっ……デート、…だろう…」

テーブルに手をついて身を乗り出しているというのに、聞き取るのがやっとの小声で、耳まで赤くなり、視線を泳がせながらそう言ったドガに、ジェシーは今度こそ本当に、叫びだしそうだった。




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