自分本位ともとれるジェシーの願いは、もう恋愛は出来ないだろうと思い込んで生きてきたドガには思いもよらない言葉で、大の大人が、と情けなく思うほど、全く反応出来ずにいた。 この美しい男から、同じく男である自分に好意を寄せられるなど、誰が予想出来たか。残念ながらドガのこの疑問に答えられる人間は、ドガを含め、誰一人いない。



「改めて、誕生日おめでとう、ドクター・ドガ」

「あぁ、ありがとう。まさか人とこんな風に誕生日を過ごすとは、思ってもみなかった」

「たまにはいいでしょう?こういうのも」

「そうだな、悪くない」

「それとこれ、はい、プレゼント」

「プレゼントまで?この凄い花束がそうだと思っていたが…」

「まさか、あなたの誕生日にそれだけなんて」

「開けてもいいかな?」

「もちろん!」

「…この本は…!」

「どう?前に読みたいって言ってたよね」

「素晴らしい!どこで手にいれたんだ?私も自分で探したが、どこにも置いてなかったんだ…」

「それは、ひみつ。喜んでもらえたみたいで良かった!」

「いや、しかし、これは…かなり嬉しいが…私なんかにこんな、高いものを…」

「あなただから、だよ。金額は問題じゃない。それにほら、僕はユーメージンってやつだからね」

「はは、そうか、それでは遠慮なく頂こう。本当にありがたいよ。その…親しい友人もいないし、私なんかの誕生日を祝うなんて、誰も思い付きもしないだろうからね」

「そんな悲しいこと言わないでよドガ。何度でも言うけど、あなただから、僕は随分前から、誕生日を祝う計画を立ててたんだからね。他の誰でもない、あなたの、誕生日だからだよ」

それに、自分で言うのもなんだけど、割とスマートだったと思うんだ。
自信たっぷりといった様子のジェシーに、確かに、とドガは今日一日を振り返って思う。大学まで迎えにきて花束を渡され、不思議に思っている間に連れられた先のレストランでは、名前もよく分からない料理が次々に運ばれ、最後には、お誕生日おめでとう、と聞こえたのとほぼ同時に、シンプルでいて上品なケーキまで運ばれてきた。食事を終えてからは、いつもの場所でゆったりするのもいいと、ペルゴラのバーに移動してきた。そしてカウンターについてすぐ、予め注文していたのであろうカクテルが出てきたので、ドガは、彼と付き合う女性はさぞ幸せになるだろうと、素直に感心した。

「全く見事だった。このカクテルも私好みだ」

「そうでしょう?あなたのことなら僕はもう、何でも知ってるからね」

そう言って微笑むジェシーの目を、ドガは真っ直ぐに見れなかった。プロフィールを把握しているという意味で言っただけと分かってはいても、何故か期待してしまう。何に対しての期待なのか、ドガ自身にもそれがまだ分からない。近い答えが浮かんできたとしても、それは積極的に友人を作ってこなかったことの弊害として、些細な勘違いをしているのだと、自分自信の考えにまともに向き合おうとしない。彼の完璧なプランに感心しておいて、未だ見ぬ彼の恋人に、どうか自分が今日過ごしたようには、過ごさないでほしいと思うのも、その勘違いによるものだ、と。
何を馬鹿なことを、と呆れはするのに、ドガはこの考えを捨てきれない。研究に没頭するあまり、ついに頭がおかしくなったのかと、恐怖さえ覚える。それだけ、今までのドガでは考えられないような心境の変化だった。

「ふふっ…でも、花束を渡したときのドガの顔、」

「…そんなに変な顔をしていたかね…?」

「変なんじゃなくて、ぽかんとしてたでしょ?もう、僕すぐに気付いちゃったよ。あ、この人、自分の誕生日忘れてる、って」

「すまない…研究ばかりしていると、どうも自分のことが疎かになる…」

「別に謝ることじゃないよ、お陰で計画がスムーズに進んだからね」

「まぁ、そうだな…いいサプライズだった」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

こうして君と二人で過ごせたのも、中々楽しかった。いや、そういう意味ではないのだが。
そう笑いながら自分で返して、ドガはようやく彼に何を期待していたのか気付いてしまった。勘違いではなかったということにも、彼が時々自分に向ける、温度の違う視線の意味にも。
それから、このタイミングで軽く笑った自分が、最低だったということにも。

「……僕、それ、都合良く、考えちゃうな…もしかして、気付いてたの?」

「いや、私は…その……」

「ドガ、…あなたは、…時々、っ、ずるいよ…」

口元は笑みを湛えたままでいるのに、ジェシーの目からは今にも涙が溢れそうで、ドガは声を掛けられなかった。膝の上で組まれた手の、その指先が、真っ白になるほど握り込まれているのに、それをほどいてやる術も見付からない。

「あなたが、僕を、どう思っているか、それは、分からないけど…でも、お願いだから…どうか、僕があなたを好きな気持ちだけは、否定しないでほしい…」

ゆっくり、静かに、自分を宥めるかのように話すジェシーの目から、とうとう、頬を伝わず涙が一粒落ちた。こんな状態の彼を放ってはおけないと思うのに、逃げ出したい衝動に駆られて、ドガは自己嫌悪に陥る。彼を救い上げてやれるのは自分しかいないと、頭では分かっている。そうして救われるのは、彼だけではないということも、ちゃんと分かっているのだ。

「あなたが好きなんだ、もう、ずっと前から」


表面張力の崩れた目から次々に落ちる涙は、ジェシーの手にあたって弾けた。まるで祈るかのように組まれたその手を、ドガはただ見つめる。
誕生日に、無意識にとはいえ、欲しがっていたものが、…彼が、手に入るかもしれないというのに。ドガはそれでも、動けずにいた。




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