カフェではミオが、嬉しそうにいつものですね、と注文を言いに来る。バーではグレイが、まーた飽きもせずにつるんでんのかよ、と安心したような顔で話す。
元通りの、いつものふたり、であることを、はっきりとは言葉にせずとも、皆が喜んでいるようだった。ジェシーを除いては。

本当に、まるでそんなことはなかったかのように、ドガは振る舞ってみせた。完璧だった。カフェに行けば会って話すこともできて、誘えばバーにも来る。仲間たちと楽しく飲んで、酔ったついでにからかわれるようなことがあれば、からかい返して称賛を受けていたりもしているようだったが、その全てが、はっきりとはジェシーの耳に届かない。

人から好意を伝えられることは今までに何度もあった。断るといつも、彼女たちは泣くか、怒るか、本気にしちゃったの?と冗談でかわし、他の男へ目の前で“これも冗談よ”と言わんばかりにアピールするか、何にせよ過剰で分かりやすい反応をしていたように思う。そしてしばらくは諦めきれないのか、こちらをじっと見つめてくる。いつか自分に振り返るのを期待して。
ドガには、そのどれも当てはまらなかった。むしろ逆だと感じていた。人と会話するドガを目で追っていたのはジェシーのほうだ。

堂々と自宅のリビングで過ごせるようになっても、今度はあの日のバーでの出来事が巡るので、気持ちは落ち着かないままだ。一度も目を合わせることなく、ここから一刻も早く離れたいという様子のドガを思い出す。あんなに高圧的な言い方で元に戻りたいだなんて、よく言えたものだ。自分は、自分で思うよりも酷い人間なのかもしれない、とジェシーは更に気分を沈めていく。
あのあと、どんな気持ちで彼は笑い、いつも通り、をやっていたのだろう。
急に息苦しくなり、ジェシーはシャツのボタンを外す。ドガの声が遠くでぼんやり聞こえる。忘れることにしたんだ。ボタンをふたつ外して、今度は息苦しさの代わりに焦りで喉が潰されそうな感覚に陥る。

嫌ではなかった。気持ち悪さも感じなかった。彼を人として好きではいたが、それ以上を考えたことも、望んだこともない。これまで通りの関係でいたい。これは全て本心だった。
最初にドガから好きになってもらえないかと言われたとき、本当にその意味を理解していなかったか?理解できない振りをしていたのでは?そうして彼を傷つけることで、自分を諦めるよう仕向けたのではないのか?彼から好意を寄せられていることに、少しの優越感も持たなかったか?そもそも、彼が自分を好きなことに、前から、気付いていたのではなかったか。

忘れると言われた瞬間の己の動揺を思い出し、胸までもが押し潰されそうな感覚を得て、弾かれるように立ち上がる。それだけで噎せてしまうほど、上手く呼吸が出来ない。今から行って、会えるだろうか。もしかしたら眠っているかもしれない。それとも大学か、バーにいるか。
適当な上着をつかんで、一度も鏡を見ずに外へ出る。普段なら考えられないことをさせるだけの焦りが、意思を汲む気の無さ気な手足をバラバラに動かす。ドガの番号を映した携帯が、何度も呼び出し音を繰り返すが、出てはもらえない。コール八回、留守番電話には切り替わらない。ならば家だ。
頭のなかで何度もドガの名前を呼んでは、泣きそうになる目に力を入れる。
この夜の間に会わなければ。理由はないが、なにか確信的なものがジェシーにはあった。何かが終わってしまいそうな、確信めいた予感が。

 





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