「ジェシー。もし、私のことが嫌いでなければ…」

「ふふ、僕があなたを?嫌いなわけないでしょう」

「…好きに、なってもらえないだろうか」

「どういうことかな、あなたのことは勿論好きですけど」

「…そうだな、」

言葉の意味がよく分からず、軽く笑って、ジェシーは手元の雑誌に視線を戻した。途中、目の端に下がりきった肩が見えて、何故だかそれに妙に焦り、何か言わなくてはと思った時にはドガはもう立ち上がって、ドアに向かって歩き出していた。
開けたときよりもゆっくりと閉まっていくドアの隙間に、また、下がりきった肩が見えても。それでも声は出ないまま、ジェシーはただ口を開くだけで精一杯だった。
目だけを手の中の雑誌に向ける。閉まりきる、控えめな音を聞いて意味を理解して、それからもうずっと、腹の辺りがざわついたままでいる。


もう何か月も経つというのに、あの時のことが鮮明に瞼の裏で繰り返されるので、ジェシーは都度、腹が立ったり無性に悲しくなったりして、でも蒸し返して話し合うには腰が引けて、そうこうしているうちに、とうとうドガと目を合わせることも難しく感じるようになってしまった。
あの日以来、自宅なのにリビングにいるのが苦痛で、帰るとすぐに寝室に篭るか、ペルゴラに部屋を取っては気を紛らわしている。
すまない。忘れてくれ。と力なく笑った声が掠れていて、その時どんな顔をしていたのか、何故か見られなかったことにジェシーは罪悪感を覚えた。繰り返される映像のなかに気付きがあっても、結局何も出来ないまま、時間だけが過ぎていく。

「お待たせしました」

「ああ…ありがとう、ミオ」

「熱いので気をつけてくださいね。最近お顔を見かけなかったので、皆ジェシーさんの話をしていたんですよ」

「へぇ、それは嬉しいな。どんな話?」

「忙しいのかなぁって。雑誌とかでは拝見してましたから、風邪や怪我ではなさそうだねって」

「うん、そうなんだ、マネージャーが優秀で」

「そうなんだろうなぁと思ってましたよ。…ふふ、イアンさんなんて、皆が心配顔でいるから、時々面倒くさそうな顔で雑誌を買ってボクたちのところに持ってくるんです」

「イアンさんが?あとでお礼を言わなくちゃ。それともサインのほうがいいかな?」

「ここで珈琲を奢るっていうのも、いいかも」

「商売上手だなぁ」

「…ねぇ、ジェシーさん。ドクターのこと、聞いてもいいですか?」

「……うん、構わないよ」

「ドクターのことっていうか…何かありました?ジェシーさんとドクター・ドガ」

「どうしてそう思ったのかな」

「大体、お昼にはここに来るのに、最近は本当に、…全く、来なくなったから。心配してるんです…丁度ジェシーさんが見えなくなったのと同じ頃だったので…」

「心配してもらえるようなことじゃないさ、たまたま時間が合わないんだ。ドガもドガで忙しそうだしね」

「代わりに、夜にお見えになっているようなんですよ、バーに」

「そう、なんだ…」

「いつも隅でひとりで飲んでるから、メロディも声を掛けようか迷っているみたい。グレイさんたちも、近づいていいのか分からない感じらしくて…」

グレイですら遠慮をするような空気を出して、バーの隅でひとり酒を煽っているドガを想像し、ジェシーはまた胸が締め付けられるような思いがした。自分がドガを避けている自覚も、また避けられているという自覚もあって、どうにも一歩が踏み出せずにいる。ドガと知り合ってから、こんなにも長いこと彼と話をしないでいるというのは、初めてのことだ。

「あの、お話、されたらどうでしょう?」

「話?」

「ごめんなさい、ボクが言うことじゃないのかもしれないけど…もし、おふたりが喧嘩でもされているなら、ボクたちすごく悲しいです。おふたりはいつも、楽しそうなことも、そうではなさそうなことも、きちんとここで、お話して解決してこられたように思うから…」

お節介だって、分かってはいるんですけど。
トレンチを両手で抱きしめるようにして不安そうな顔でいるミオには申し訳ないと思いつつ、笑って頭を振って見せることしか出来なかった。
それだけで笑顔になって、頭を下げて去っていくミオを横目で見遣り、少し冷めてしまった紅茶を飲み干す。

「ご馳走さま」

「あら、もうお帰りですか?」

「うん、そろそろ戻らないと。…ミオ、ドガと話をしてみるよ」

「良かった!また、おふたりでいらしてくださいね」

「そうするよ、ありがとう」

そうした方がいいのだろう、ということは自分でも勿論分かっていた。情けないことに、誰かにドガと話をしろと背中を押してほしかったのかもしれない、とジェシーはぼんやり思う。無意識に、ドガの好んでいた紅茶を注文するくらいには、彼のことを考えてはいたのだ。カフェの入り口で花の手入れをしていたミオに見送られながら、ペルゴラを後にする。
夜の調整をするために端末を取り出して、メッセージを送る。マネージャーからの早い返信も、背を押している気がした。

 





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