書斎には入ってこないようにと釘を刺し、珈琲を持って籠った十分後に、何故かジェシーは机の前に立ち、暇なので構ってほしい。と机に両腕を組み置き、上目遣いでドガを見つめている。開いていたラップトップを閉じて視線を合わせるドガの目はどこか、いたずらをした子供を窘めるようだ。珈琲はまだ一口しか飲んでいない。

「私が君の仕事の邪魔したことは、ないはずだが」

「僕だってしてないよ」

「今現に、」

「してないよ?」

家でする仕事は、仕事ではなく趣味。と、夕飯を何時間も遅らせた夜に、ジェシーが膨れっ面で言った言葉を思い出す。仕事は仕事場で。家では生活を。簡単に思えてこれが中々、ドガには難しい。
今日は日曜か。そう言いながら眼鏡を外し、眉間を摘まんだドガに、そうだよ!と綺麗な瞳を一層キラキラさせて立ち上がったジェシーを見て、鼻から微かに溜め息を吐き、のろのろと立ち上がる。

「構うとは具体的に?」

「んー、くっついて会話するとかくっついて映画見るとか、あとはくっついて、」

「くっつくというのは確定かね」

「そうだね、だって最近肌寒いでしょ?あ、暖炉に火をつけたよ。美味しい焼き菓子を昨日買っておいたし、注文してた紅茶がさっき届いてた。お湯はもう少しで沸くよ」

「……そうか、では君を構うとしよう」

名残惜しそうな足取りで、ゆっくり部屋を出ようとするドガをにこにこと見つめながら、既に廊下に出ているジェシーは早く早くと急かす。
付き合い始めてからなのか、一緒に住むようになってからなのか、それとも彼に元々そういう面があったのかは分からないが、ジェシーはドガに甘えるということを臆面もなくやるようになった。
初めの内は失礼にも引き気味であったドガも、それは自分がこういう時間を他人と過ごすことに慣れていないせいで、決して恋人らしい時間を過ごすということを毛嫌いしているとか、無駄に思っているというわけではないのだ、と納得してからは、今までの自分から考えると、割と積極的に彼の望み通りに動いている。
いつか、気分が沈んだままの自分を数日泳がせていたジェシーが、ほとんど八つ当たりのような言い方で、こういうの鬱陶しいと思ってるんでしょ、好きなひとに触りたいと思うのは普通のことなのに、あなたはそんな些細なことも許してくれない。と愚図ついたのも理由の一つではあったが、自分の機嫌ひとつ取れない状態にある彼の頼りが自分であることを思うと、この少しの面倒くささも何故か愛しく思えてしまうので、それを不思議に思いつつ、ドガは度々、要求されるままにジェシーを甘やかしている。
傍から見てどうだということも分かってはいるが、それはさておくことにした。気にしている内は己の羞恥心に勝てないということをジェシーと付き合いだしてから学んだ為に、自分が自分でなくなる感覚を今は楽しんでいる。

「はいどうぞ」

「ああ、ありがとう。それで、何をするんだ?」

「映画を見ようと思って。何かあなたにとってヒントになるようなものが、こういうものからも見つけられるかもしれないでしょ?」

ドガが完全に部屋から出たのを確認してから早足でキッチンへ向かい、紅茶を淹れていたらしいジェシーが、ソファーに腰掛けたドガにそれを渡し、テレビの前にしゃがみ込んだので、察しがついているとはいえ声を掛ける。
気の無い言い方でこちらの興味を引こうとしたかと思えば、まぁ、あまり参考にするようなことがあっても困るんだけど…と先の言葉を打ち消しながら、苦笑いで見せたDVDのケースには、彼が到底選びそうにないようなイラストとタイトルがかかれていたので、ドガは目を見開く。

「あー…マッドサイエンティストが、人の身体と機械を繋げちゃうんだ……あらすじだけ早口に教えられて、貸してもらったっていうか、押し付けられたっていうか…仲良くしてるモデル仲間がこういうのが好きで、感想待ってるなんて言われちゃって……」

「こういうのは苦手だとハッキリ言ったらどうだね」

「こんなの子供騙しじゃないかとか作り物だぞとかなんとか言って馬鹿にされたくないよ…いい歳した男がホラー苦手なんて格好悪いし…出来るなら克服も、……これは出来ればの話で、あー…是非そうなりたいって訳でも……ないんだけど…」

「なんだ、歯切れが悪いな。しかし、いい歳した男がホラーが苦手でも野菜が苦手でも、格好悪いということにはならないと思うが。何が嫌いで何が好きかきちんと言える人間の方が格好良いと私は思うぞ」

「うーん……僕もそう思うしそうありたいけど、でも実際、そうだな…僕くらいの年齢のやつって、僕も含めてやっぱりまだどこか子供だよ。だせーとか、かっこわりーとか、相手を傷つけるつもりがなくても簡単に言っちゃうんだ。僕はこれが苦手って自覚してるからこそ重く受け止めちゃうっていうか…」

「ふむ…難しい年齢なのだな」

「…ふふっ、そうなんだよ。ティーンほどじゃないけど、まだ友達の言葉やトレンドに敏感なんだ。何を見せられても言われても、相手にそんなつもりはないってことが何となく分かってきただけさ」

「まぁいいだろう、付き合うよ。…ところで最初に言っておく。くっついて映画を見たい理由は分かったが、決して私の後ろで、耳元で、大声で叫ぶのだけはやめてくれたまえ」

「うっ……善処します……」

少し前までの自分であれば、これも他人から体よく利用されているとか、ジェシーの言葉通り、子供騙しじゃないかと考えていたかもしれないことを思うと、随分意識は変わるものだとドガは感心する。それはジェシーの、自分を他人に受け入れさせる力が凄いのだと思っていたが、彼の人懐こさだけでは到底説明しきれない何かがあることには気付いているので、疚しさを伴う好意の、得体の知れない力というものを日々体感している。
与えられるばかりだと思い込んでいた気持ちのその一端でも、彼に返せたら。その方法が冷静になった自分にとって、目も当てられないようなものだったとしても。
まだ再生したばかりの、制作会社のロゴが映し出されただけの画面で怯えているジェシーの手を取り、自分の腰に回したドガの愛情は、確実に伝わっていく。彼の人生に踏み込むことを許された男の、情けなくも少し震える指先から。




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