「頭の悪いセックスがしたい気分なんだよ」と身も蓋もないことを言うジェシーに押し倒されて、ドガは溜め息を吐く。ドガに跨がり、胸元に顔を埋めたままのジェシーは、過激な言葉とは裏腹に指一本触れてこない。直接的な言葉を喰らって押し倒された身としては、中々腑に落ちない時間を過ごしている。
付き合い始めた記念日だとか、初めてデートした日だとか、そういうことを大切に自分のなかにしまい込んでは、少々やりすぎの演出と共に祝い慈しむジェシーが、ドガの帰宅直後、おかえりの代わりにハグをしながら、今日は何の日だか覚えてる?と聞くので、さぁ、なんだったかな。とまるきり覚えていない様を隠しも取り繕いもせず言ったのが悪かったのかと、倒れる身体がシーツに触れる前に考えたドガの心配や懸念は、今や影も形もない。

見ることはかなわなかったが空腹の身にはそれだけで充分な美味しそうな香りや、テーブルの上で花瓶におさまる瑞々しい花たち、リビングや寝室に到るまでの廊下に仕掛けられたキャンドルを思い出す。
それらを全て台無しにしてやろうと思ったのか、はたまた思わせたのか、それは定かではないが、ジェシーらしくない言葉であのきらびやかな空間はすっかり鳴りを潜めてしまった。
準備に要したであろう時間を思うと、申し訳ない気持ちだけが募って、ジェシーの背に腕を回させている。


「覚えていなくてすまなかった。もし良ければ何の日だったか教えてもらえるとありがたいんだが……」

「僕にとっては割と大切な日で、でも大声で祝えるような日じゃないことも分かってたから、別にそれはいいんだ」

「君にとって大切な日なら共有したいんだが」

「……僕たちが、初めてセックスした日だよ」

「あー……そう、だったか……その、」

「ふふ、本当にいいんだ。ただ僕たち、お互いに最初は分からないことだらけで、実際にした時間より、そうするまでの時間の方が凄くかかったじゃない?」

「まぁ、色々と準備が……」

「そう。だからね、一度、ドガとしたいって気持ちだけ優先させて、ティーンみたいな、何も考えない欲に任せたセックスをしてみたかったんだよ。なんにも我慢できないくらい貴方が欲しいって、分からせたかったっていうのかな…」

「それが君のやりたいことなら、私は特に拒否する理由もない。納得もしたしな」

「……はぁ…でも、駄目だったなぁー」


だらしなく語尾を伸ばしてドガから離れたジェシーは、やや大袈裟にその横に腕を伸ばして倒れ込んだ。間接照明の明かりでキラキラ光って見える、ベッドに散った美しい髪を一束手に取り、今度はドガが上半身だけジェシーに覆い被さる。
しないのか?という言葉に少しだけ目を大きくして、ジェシーは照れたように笑った。


「僕やっぱり、例え同意の上であっても、あなたに乱暴な真似するなんて、出来ないなと思って」

「まぁ、どちらでも。君が相手ならば私は構わん」

「僕、すごく愛されてるね」

「実際、すごく愛しているからな」

「……そういうことをドガが言うとき、すぐベッドに連れ込みたくなるんだよ…」

「構わないと言っているのに」

「ふふ…さ、夕飯にしようか!冷めきるまえにね」


あやすようにドガの顔を両手で挟んでいたジェシーが、勢いよく起き上がり、子供のようにベッドから飛び降りて手を差し出すので、ドガは思い切りその手を引いてキスをする。そのまま後ろに倒れて、力一杯抱き締めたジェシーの呻き声とも笑い声ともつかない声に、二人で笑う。


「貴方は意外と悪戯が好きだよね」

「君は私の突飛な行動が好きだからな」

「楽しいからね」

「……ジェシー」

「なぁにー苦しいよ、ドガ」

「頭の悪いセックスがしたい気分になるのは君だけだとでも?」

「えっ」


身体を起こして逃げ腰になるジェシーの腕を、ドガは離さない。
畳み掛けるように続く言葉にくらくらと目眩がするのを感じても、ジェシーはまるで呪いでもかけられたかのように、ドガから目を逸らせない。


「私がいつ君に抱かれても良いようにほぼ毎日準備をしていると考えたことは?」

「ちょ、ちょっと、」

「君の誘いを断ったことはこれまでに何度あった?」

「あのっ」

「私が欲の薄い人間だと思っているのか?」

「いや、その…」

「ジェシー、いつ、君の、そんな願望を受けてもいいように、私はいる。ここに」


ポン、とベッドを軽く叩いたドガを見て、ジェシーはまた覆い被さる。今度はドガの頭を包むように手を入れ、脚を割って間に入って。
あなたはずるい。そんな言葉を何度聞いてきただろう。ジェシーの自分に対する願望は全て、自分がジェシーに対して持っているものと同じと気付いてから、ドガはこれまでの自分では考えられない速度で狡猾になってゆくのを感じていた。


「もう、やられっぱなしだよ。やっぱり貴方にはかなわないな」

「今までのお返しといったところだ」

「じゃあ僕ももっと頑張らなきゃ」

「それは楽しみだ」


夜は今日だけではないしな。本当に、これからもっと覚悟してね。そんな会話がキスの間にかわされて、二人はスープの香りも届かなくなった寝室で、同じ呼吸をしている。











【題】形あるもの
【帯】お前だけだよと嘯く口が憎らしくて掌で塞いだ
【書き出し】「頭の悪いセッ○スがしたい気分なんだよ」と身も蓋もないことを言う。
(帯無視)

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