まるで自分が犬にでもなったようだ、とジェシーは段々惚けてきた頭で思う。スゥ、と細められた目に反して、だらしなく開いたままの口からたれる唾液や、涙を拭う途中で力尽きた、まるで赤ん坊のように握られた左手に、遠慮がちに肩を押し返そうとする、同じように丸められた右手。苦しさや痛みに堪えているのかと思わせるような、断続的で荒い呼吸と、母音しか発しない喉に、甘えるようにかじりつけば上がる、高いとはいえない声。かわいい、と自分でも舌が縺れたことを認識できるほどふわふわした言い方で声を掛けると、不意に力の入った内腿で腰を挟まれる。

限界が近いことを、もうずいぶん前から知っていたのに、ジェシーはそれでも腕のなかで必死に快感から逃れようとするドガの熱を、閉じ込めたままでいる。頼むから、と何度言われても、素直に頷いてしまいそうなほど潤んだ目で見られても、ごめんね、と返すだけで結局一度もその願いを聞き入れていない。

「っ、ぅ…、っ……」

「くち、かまないで」

「やぇ、てっくれ、っっ‥じぇし、」

「痛い、でしょ、」

中を、抉るような動きに変えた途端、思いきり下唇を噛んだドガの、赤くなった唇を心配しながら、頬に伝う唾液を絡めた指をぬるりと入れて、ジェシーはドガの口を閉じさせないようにする。いつも、ジェシーの身体に傷をつけないよう過剰なほど気をつかうドガの気持ちを利用して、まるで犯罪者にでもなったかのような気分でゆるゆると自身の熱を打ち付けては、我慢しきれず漏れるドガの声に飛びそうになる気を、歯をくいしばって止めておく。

繊細なガラス細工や、か弱い小動物を扱うかのように大切にしてきた自覚はあった。これからもそうしていこうという気持ちも、勿論あった。が、今夜それが叶わなかったのは、服を脱がし始めたジェシーに、あまり優しくしなくていい、というドガの一言のせいだった。乱暴にしてくれという意味でないのは理解していたが、今までどれだけ自分の我が儘をぶつけないようにしてきたか、後々に続くような身体への負担を掛けないようにしてきたか、知らないわけではないだろうに、あまりにも易々と言ってのけたドガに、ではそれを体感してもらおうと思うと、すっかり今までの理性はどこかへ行ってしまった。
決して無理強いをしない。それはジェシーのドガを大事にしたいという気持ちの表れでもあったのに、努力をふいにされた気分でもあった。そんなものは自己満足であって、望まれてしていたわけではないことも、これこそが何よりの我が儘であるということも、ジェシーは充分、分かっている。

「っっっ、は…」

「もう少し、ゆっくり息をして…っ、ね、出来るでしょ…?」

「むりだ、もう、もう…、」

「ごめんね、まだ付き合って」

「ひッ、」

我ながら酷い、とあまりそうは思っていないようなとろけた頭で、ジェシーは思う。ずいぶんと他人事だな、とも。限界の近い熱を発散させないばかりか、ゆるくとはいえ拘束し、更に指で花弁でも撫でるかのように弄ぶというのは、そして自分だけは二度も達しているというのは、なんだか拷問に近い気がして、少しだけ身震いした。こんなに大切にしてきたのに、こんなことが平気で出来てしまう自分には、きっと悪魔でも取りついているに違いない。そう考えて、馬鹿馬鹿しさに笑う。それに過敏に反応して、左腕で両目を覆ったドガを少し不思議に思うジェシーにも、すぐにそれの意味するところがわかり慌てた。

「違うよ、ドガ、あなたを笑ったんじゃないから、」

「‥ぅ、…わ、私を、見て、わらっ…た、の、かと…」

「そんな、まさか。僕にだよ…ドガ、ごめんね、こんな、独りよがりの…」

「はぁ……ジェシー、優しくしなくていいと言ったのは私だ」

「でも、」

「その…あんなことを言っておいて、根をあげた私を笑っているのだと思っただけだ…違うならそれでいい…」

「うん、違う、それは誓うよ。…流石に我慢させ過ぎたね、ごめん。今、楽にしてあげるから」

「ぇ、いっ、いや、まっ、……っア、」

握っていたままの熱に素早く指を滑らせ、ジェシーはまた下唇を噛もうとしているドガに、キスをした。ひとりでも出来ることを自分にさせてくれるドガを愛しく思いながら続けているうちに、口のなかでドガのくぐもった声が響く。それを合図に離れようと思っていたが、ジェシーは何故かそれが急に惜しくなり、ドガの息をそのまま飲み込んだ。そしてゆっくりと上体を起こして自分の手やドガの腹に掛かったものを確認してから、目を合わせた。
全てが終わったあとの、この逆上せたようなドガの顔を見ると、何故かいつも胸が締め付けられるような、泣きそうな気持ちになって、そうすると、苦しそうな声が聞こえても構わず、きつく抱き締めなければ気が済まなかった。ジェシーがそれを幸福感によるものだと理解するまでに時間は掛からなかったが、思えば初めてドガを抱いた日に得たこの感覚こそが、割れものを扱うように、一層ドガを大切にしだした切欠だったかもしれない。

「大丈夫?」

「ふ、君がそれを聞くのか」

「…ごめん」

「責めている訳ではない、可笑しく思っただけで。…満足したか?」

「うん、あの…すごく…」

「まさか射精を封じられるとは思ってもみなかったが」

「しゃっ…!えっ、…と……本当にごめんなさい…」

「だから責めている訳ではないと言っただろう。…君がよかったならそれでいい」

「ドガは…?」

「見てもらえれば分かると思うが」

「そう、だね…嬉しいよ…」

散々好き勝手やっておいて、そして慣れていない訳でもないのに、ドガの状態を見て赤面するジェシーの腹を、ドガが指で拭う。君が抱きつくからついてしまった。苦笑いをしているつもりの顔は、上手く力が入らないせいか、うっとりしているようにも見えて、ジェシーは慌てて目をそらす。そしてゆっくりとドガのなかから自身を抜いて、サイドテーブルに用意しておいたタオルを取り、身体を拭いた。
最初にこれを持ってきたとき、失敗がないようにと焦り、半乾きのタオルを持ってきてしまい、頻りにドガがその便利さに感心していたので、変に慣れているとか周到だとか思われたくなくて、必死に間違えたことを主張していたのを、ジェシーは遠い昔のように懐かしく感じていた。最早必需品のようになってしまった半分だけ濡らしておくタオルは、ドガを拭き終わる頃には体温を吸ってじんわり温くなっていたが、構わず折り畳んで自分を簡単に拭き、横になって半分眠りかけていたドガを後ろから抱き寄せた。そのせいで少し覚醒したドガが眠そうな声で何事か喋っていたので、ジェシーが同じく眠気にやられそうだった脳を起こして聞き返すと、独り言だったのか、照れたように、君が達してくれて良かった、と言ったっきり、もうジェシーの声には反応しなくなってしまった。それを聞き、ああ、それで…と納得のいった先程のドガの言葉を思い出す。
ドガが限界を迎えたら、自分がどんな状態であっても、そこで終わり。勝手に作ったジェシーのルールに不満を募らせていたらしいドガに、まんまとやられてしまった。自分はそんな簡単なことにも気付けずひとり猛って、無理を強いていたのか。目が冴えたジェシーは、ドガの髪に鼻先を埋めて、どうにかこの恥ずかしさから逃れようと頭を回転させるが、上手くいかないまま時間だけが静かに過ぎていく。そんなジェシーの慙愧の念などまるで知らないドガは、ジェシーの腕のなかで、どこか勝ち誇ったような表情で寝息をたてている。




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