「正直、僕たちって一緒に居られるだけでわりと満足出来るでしょう?僕があなたに触りたい気持ちはあっても、あなたには無さそうというか、考えたことないのかもって思ってた。だから、何だか意外だったな」

それは寝巻き姿で朝食を摂りながら出す話題なのか?そう思いながらカップに向けて傾けたポットが、まるでドガに代わって返事をするかのように、音をたてながら紅茶を注いでいる。寝起きの脳には些か刺激が強すぎる気もしたが、そう大きくはないテーブルを挟んだだけの距離では、ジェシーの声に、聞こえないふりも出来そうにない。

「………」

「ああいうことをさ、したいって僕から言ったら、徹底的に調べて、どうするのがお互い負担がないかとか、ああいう器官を、本来とは違う使い方をするということが、どんなことなのかとか、事後の感情と関係の変化についてとか、細かく調べて僕に教えてくれたり、聞いたりするから…」

何だか嬉しくて。ジェシーがトーストにバターを塗りながら、まるで、昨日街で見かけた美人についてに話しているのかと思わせるほどにこやかなのを見て、ドガは自分が可笑しくなったのか、それともこれは夢の中なのかと視線を外しながら軽く首を捻る。焦りが反映されたフォークの先は、皿のなかを転がるチェリートマトを中々捕らえられない。

「あー…、全く未知の領域であるなら、足を踏み入れる前に不安を少しでも解消しておくのが妥当だと思っただけだ。…少々やりすぎだったかもしれないとは思うが」

「ううん、僕にとっても分からないことだらけだったから、ありがたかったよ。反応があまりにも普段のドガのままだったからっていうのもあるけれど…はぁ…自分でも気付かないうちに、力みすぎていたみたいだ…これであなたに心配をさせるほど、緊張したりはしないと思う」

そういって、自分を嗤うジェシーに、ドガはフォークを置き、肩を竦めて見せる。そもそもそういった行為に慣れる日など、恐らくこないと考えるドガにとっては、ジェシーと同じようには悩んでやることが出来ない。彼にそういった経験がないと思いたいわけでも、信じているわけでもないが、自分よりは遥かに豊富であろうそれを思う度、簡単に自分に触りたいと言える口を、つい睨んでしまう。

「私のほうは君に任せきりになるだろうが…」

「ふふ、うん、任せて」

角まで丁寧にバターの塗られたトーストをドガの方へ寄越しながら、今度はジェシーが肩を竦めた。それを見て、言葉の裏にある不安を感じ取ったドガは、失礼とは思いつつ、安心したように笑う。そして受け取ったトーストを一口かじり、少しの間のあと、頭を軽く振って見せた。

「すまない、馬鹿にした訳では」

「ん、分かってるよ、大丈夫。それより、ねぇ、おかしくない?」

「何がだ?」

今度は自分のトーストを持ったジェシーの手が、微かに震えている。バターナイフを持つ手を口にあてたせいで髪についてしまったバターを、ドガは身を乗り出してナプキンで拭き取りながら素直に疑問をぶつけた。

「あ、ありがとう。…ふふ、だってなんか、僕たち、“いつも通り”にしようとしすぎて、かえって不自然だよ」

「あぁ…確かに。ふっ、妙だな」

「ね。付き合ってたら割と当たり前にすることじゃない?それなのにこんな、セックスひとつに、」

「ぐっっ……ゴホッ」

避けていた訳ではなかったが、何故かお互いに、テーブルに着いてからのこの話題のテーマに触れてこなかった。ジェシーがふせて話し始めたのを聞いて、内容が内容であっても、今が朝で食事の時間なのだということを配慮したためだとドガは思っていたが、どうやらそういう訳ではなかったらしい。
咀嚼しきったトーストを紅茶で流し込もうと、ジェシーの言葉に頷きながらカップを傾けたドガは、飲み下せなかった水分に思いきりむせた。

「えっ、ちょっとドガ大丈夫?」

慌てて立ち上がり、素早く横にきてドガの背中をトントンと優しく叩くジェシーの口角は、しかし、今しがたの余韻を引きずってか、下がった眉とは対称的に上がったままだ。他人であれば聞くのも辛くなるような、喉を冷たい風が吹き付けているような音で咳をするドガは、その顔をしっかりと見て、つられるようにして笑ってしまっている。

「ふっ、…はぁ…疲れた…ケホッ、」

「はぁー、いっぱい笑っちゃった、なんか、いつも通りって感じだね」

「わっ、わた、しがっ…むせっ、るのがか…っ…ゲホッ」

「いや、なんというか…ごめんね、」

「笑うか謝るかどっちかにっ、したまえ、っっ」

「ごめん…ふふ、なんか、前にもこんなこと、あったなぁって」

そうだったか?と聞くのに被せ気味に出るしつこい咳は、ジェシーを変に刺激して、ドガのあとに続く言葉を笑いでかき消している。ややあって、そのせいで多く吐き出される息にのって掠れた、そうだよ、が更にドガの咳を悪化させるので、二人は顎に痛みを感じるほど笑っているが、それでも尚、おさまりそうにない。
ジェシーはドガの言葉をなぞって、笑うか咳をするかどっちかにして、と震える手で今度は少し強くドガの背中を撫でている。お願いだよ、と付け加えられた一言に、頼まれるほど酷いのかと考えてからは、もう、諦めて両手をあげて首を振り、存分に笑う。

一頻り二人で空気と肩を震わせて、はぁ、と大きく息を吐いた頃には、カップの中の紅茶はすっかり冷めてしまっていた。額にうっすらと汗をかいたドガがそれを慎重に飲み、休憩にしよう、と声をかけると、床に膝をつき、それより更に姿勢が崩れないよう、ドガにほとんどしがみつくような形でいたジェシーが、やっとといった様相で立ち上がる。

「はぁ…スープが温くなっちゃってる。温めなおす?まだ口つけてないよね。あ、紅茶も淹れなおそうか」

「いや、何だか暑くなってきたからな…このままで構わないよ」

「そう?じゃあ僕もこのまま飲んじゃおう。……ねぇ、あまり気負わずにいようね」

「…そうだな」

「僕たちは初心者だ」

「あぁ」

「こういうことに対しても僕は…たとえ知ったかぶりであっても、あなたには格好いい面だけ見せていたかったけど」

「……」

「そんな風でいて、失敗するほうが格好悪いもんね」

「、そうだな」

「もう、笑わないでよドガ」

「ふ、同じ男として分からなくはない気持ちではある。だが私の場合、まぁ誰にでもだが…特に君相手にそれは通用しないだろうからな。早々に諦めた」

「そんなこと言わないで」

誰にでも、という言葉にひっかかったらしいジェシーがスプーンを口に運びながら眉間に皺を寄せる。すまない、と呟いたドガに反応はしないが、自虐的な言葉のあと、諌められて謝るのが癖になっているドガに、ジェシーは謝らなくてもいいとは決して言わなかった。謝ることで気持ちが楽になるドガにとってそれはありがたいことで、もう随分長いこと、こうして彼の優しさに甘えてしまっている。

「…僕だってあなたを素直に格好良いと思ったりするよ?」

「あー…そうだな…訂正しよう、誰にでもというか、これに関しては、だが。私が君に抱かれる側で、」

「ん、グッッ…ゲホッ、」

「っ、はっはっは!」

もう堪えることはしないと言わんばかりにドガは自分の膝を手で強く打ち、それを合図のようにして立ち上がる。それから、次は君か、と笑いながらジェシーの隣に立って彼の背中を優しく叩いた。

「すまなかった、私が言いたかったのはだね、私が君に、ふっ…抱かれている間はだな、私が君のように、男として格好良い面を見せなければとか、年上として頼もしくいなければと思うのは、私個人の考えでは、無用だろうと思ってね」

震える手で不規則に背中を叩かれたジェシーは、それでもなんとか自分を落ち着けようと深呼吸して、背筋を伸ばしてから礼を言う。

「ありがとうドガ。…でも、どうかな…無用とは思わないけど、でも年上だからとか男だからとか、そんな風に思うことはないよ」

「まぁ…そうだな、仮に私が年下であったとしても、今より何かできたとは思えん、やはり君に任せることに…なる…だろうな……」

その時が間近に迫っていると思うと、実感のなさも相俟って余計に想像がつかない。純粋にそう思って口にした、どんな立場で生まれてきたとしても、相手が必ずジェシーであると信じきった仮の話に、耳が熱くなるのを自覚したドガが、目を逸らしながら、唇を、手の甲で押さえるように隠すので、ジェシーはまるで信じられないものを見たような顔で、思わず声を大きくする。

「そんな、今更照れるのは狡いよドガ!」

「そう言われても、結構最初から恥ずかしかったぞ私は」

「えー…」

「あと、何故、君の誕生日に朝からこんな話をしているのかと思うと、」

「やめ、やめよう、」

「ふっ、そうだな、やめておこう」

「はぁ…僕が悪かったよ。これから仕事なのに…切り替えなきゃ撮影中に笑っちゃいそうだ」

「自然な笑顔が撮れていいのでは?」

「ストップ、ほんとに、」

それからまたしばらく二人で笑いあって、最低だが面白かったのでよしとしよう、というドガの言葉で今度こそ終わらせる。少々強引だと思いながらも、まだ引きずっているらしいジェシーがやっと頷いたのを見て、ドガは思い出したように、少し固くなってしまったトーストをまた食べ始めた。

「私たちのペースだ、ジェシー。これまで通り」

「うん、僕たち通り。」

「それに今、私が何より成功させなければならないのは、今日の君の誕生祝いだからな」

「それは凄く楽しみにしてるよ」

「任せてくれ、これに関しては自信があるぞ」

自分がなにかしてやることで、大袈裟なまでに嬉しそうにするジェシーを、そしてただ歳を一つとるだけのなんでもない日だと思っていた誕生日を、大切だと思えるようになったドガの変化は大きい。
それを思えば、ジェシーが隣にいる限りは、このいつも杞憂で終わる考え方も、きっといい方向へ変わっていくのだろう、とドガは密かに“その後”の自分に期待している。




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