「あっ…ぢぃ…」

「なんだジャド、珍しいなここで会うとは」

「またおっさんかよ…俺のことつけてんのか」

「私の行く先々にお前さんがいるんだ」

「めんどくせー…」

カフェの一番奥の席で、まわりの楽し気な声や食欲をそそる香りの中に、それらとは無縁のような世界を作り出して、ジャドはテーブルに突っ伏していた。昼食をとろうとカフェに来たマックスは、どんよりとした空気をまとったジャドに気付き、声を掛ける。いつものように嫌そうな顔をされるが、そんなことではマックスは退かない。まるですすめられたかのように、自然に斜め向かいの席に座る。

「他にも空いてる席あんだろ…むこーいけ、むこーに」

「まだ昼だというのに、だらしないぞジャド」

「うるせー…」

「もう食事は終えたのか?」

「まだ」

「ではついでに頼んでやろう」

「いい」

「しかしなぁ…また外回りがあるだろうに、それでは力が入らんではないか」

「……今更だろ」

「はっは、そう自虐的になるな。何が食べたい?暑いなか頑張るセールスマンに私が奢ろう」

「…それだよ」

「何がだ?」

「なんだって今日はこんなに暑ィんだよ、やってられるか」

「そうだな、ならば肉を頼むか」

「何でだよ!食いたくねぇのにガツンとくるもん頼もうとすんな!」

「お、元気が出たじゃないか」

「あー…もー…まじでめんどくせー……」

「では、あまりすすめたいものではないが、アイスクリームはどうだ」

「アイスクリーム…?」

そんなもん食えるか、と言われると思っていたマックスにとって、これは予想外の反応だ。突っ伏していたジャドの顔がこちらに向いたので、思わず笑う。それを気にしていない様子のジャドは、普段より一層、眉間に皺を寄せ、悩んでいるようだった。

「どうした?もう頼んでしまうぞ?」

「ちょっとまて、えーっと…」

上半身を起こし、店内を見回したジャドはほっとしたようにまた伏せ、今のうちに頼む、と言ったきり、また顔を背けてしまった。

「イタリアでは男も気にせずジェラートを往来で食べるというのに…全く面倒な男だ」

「それ俺の台詞…いやもういい…きたら、あんたのだってことにしてくれ…」

「仕方ないな、貸しだぞ。チョコか?」

「それ含めて奢ってくれ。…バニラがいい」


******


「あ゙ー……ん゙ー……」

「どうした?」

「だるい…」

「何?風邪でもひいたのか?」

「…多分、冷房」

「そういうのは女性に多いと聞くが」

「悪かったな、なよってて」

「そうは言っていない。それにその言い方は女性に失礼だぞジャド」

「んぁー…その趣味の説教は今いらねぇ……」

カフェでのびているジャドを見つけた日、マックスが自分の部屋で休めと誘ってから、ジャドは暑さの厳しい日や客と口論になった日など、よく部屋に来るようになった。
過ごしやすい温度の部屋でベッドに横にさせてもらえる上に、人目を気にせず冷たいものが食べられる。しつこく話しかけてくるかと思っていたマックスは意外なことに休んでいる間は声をかけてこないので、ジャドはいい休憩所を見付けたと内心喜んでいた。
そしてマックスも、まさか試しに誘ってみたものの、無視されるか断られると思っていたのが、毎日のように来るとは思ってもいなかったので、少し驚いた。連日の風もない猛暑のなかを、崩して着ているとはいえ、スーツで歩き回るジャドに一時の安らぎを与えられているのなら、それは喜ばしいことだ。こんな形で若者の力になれることもあるのだと、じわじわと楽しくなってきている。

ノックされ、開けたドアの先で必ず不機嫌そうな顔をしているのを見るたびに少し笑ってしまうが、それにつられてふぅ、と深く息を吐き、苦笑いするジャドも見られるので、どうやらこれは直さずにいてもよさそうだった。ここにくると何故か安心すると感じるジャドも、同じくそれを責める気はない。

「ここに来る前に行ったとこ」

「ああ」

「おっさんがすごい太ってた」

「そうか、」

「だから寒かった」

どこか幼い喋り方で不満を漏らすジャドに、やはり少し笑いながら、マックスはバスタオルを二つに折り、腹にかけてやる。つい触ってしまったジャドの頬は冷たく、苦しそうに口呼吸をしている。体温が人より高いマックスの手を、心地よさそうな顔で振り払うこともなく受け入れているので、本当に体調が悪いのだろう。

フロントに電話を入れ、オリビア経由でイリーナに食事を頼み、ルームサービスが来るまで、マックスはなるべくジャドから離れないようにしていた。一度離れてソファーに座っていたが、手があたっていないことに気付いたジャドが、病人残して消えたのか、冷たい奴だ、こんなに辛いってのに、と部屋にマックスがいないと勘違いしてぶつぶつ小言を言い始めたので、また笑いながらジャドの隣に腰掛ける。流石に機嫌を損ねそうで言わなかったが、まだ小さかった頃の息子を相手にしているような、どこか懐かしい気分だ。

「お、きたか。ジャド、少し離れるからな」

「おー…」

丁寧なノックが三回聞こえ、マックスは部屋のドアを開けた。頼んでいたものを入り口で受け取り、礼を言う。部屋の中まで運んでもらうと、ベッドでのびているジャドが嫌でも目にはいるだろう。マックスは全く構わないが、回復したあとのジャドがそれを知ったら嫌がることは確実で、下手をすればこの部屋に寄り付かなくなるかもしれない。それは出来れば避けたかった。

「起き上がれそうか?」

「むり」

「チキンヌードルスープを頼んだ。冷えすぎた身体には丁度いいぞ、少し食べないか」

「えぇ…」

「不満そうだな、トマトスープの方が良かったか?」

「いや、確かに寒かったが…だからって温かいものを食いたい気分でも…」

「まぁそう言わず一口でもどうだ。折角お前さんの為に頼んだんだぞ」

「後で食う」

「冷めてしまうではないか」

「冷ましたいんだよ…」

どうしても起き上がりたくないらしいジャドが、とうとう寝返りを打って背を向けてしまったので、マックスは溜め息を吐いて、おもむろに立ち上がる。すまん、長引いても辛いだろうからな、と聞かせる気があるのかないのか分からない声量で喋ったかと思うと、聞き返すために身体を仰向けたジャドの脇に、素早く手を滑り込ませた。驚いて声も出せないうちに、軽々と身体を持ち上げられ、ヘッドボードに寄りかかる形でジャドは座らされてしまい、無言でマックスを睨み付ける。

「ふ、そんな目で見るな。まぁ騙されたと思って、ほら」

「えっ、いや、いい」

「遠慮するな、口を開けろ」

「じっ、自分で食えるから!」

優しく微笑みながら口元までスプーンを持ってくるマックスに、ジャドは慌てて顔をそらす。自分で出来ると何度言っても皿を渡そうとしないので、ムキになって口を固く結んでいたが、それでもマックスはスプーンを置こうとしない。どこか楽しそうなのが妙に腹立つ、とジャドはまた睨むが、にこにこと表情を崩さないままのマックスに、とうとう観念した。

「やっと食べる気になったな」

「食べる気にはなってたんだよ…自分で食いたかっただけだ」

「美味いか?」

「ほんと人の話聞かねぇな!…まぁ…美味いけど…」

「イリーナ特製だからな、食べる前から味は保証されているようなものだ」

「あんたは?」

「ん?」

「あんたの分、ないのかよ」

「あぁ。私は、お前さんがもし食べきれなかったら残りを食べるので、頼まなかった」

「なっ…!」

ふざけんな!ぜってぇ残さねぇ!と顔を真っ赤にしたジャドが無理矢理マックスの手から皿を奪って、スープをかきこむ。そんなに慌てて食べては喉に詰まらせるぞ、と心配そうに言うマックスの顔は、やはり、どこか楽しそうだ。





(某方との会話のなかで生まれたものなので中途半端)




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