ついったじゃおさまらない話

2023/01/23 

ジェシドガ(同棲)


思考がまとまらなくなって、やっと口から漏れた、声にも言葉にもならないような微かな音は全てのみ込まれ、自分が隠されそうに、あるいは消されそうになっているのを、ドガは全身で感じた。
腕の檻に閉じ込められて、誰からも見えなくされている。何も、見えなくされている。あるのは直視出来ないほど熱を帯びた目だけ。
耐えきれず、逃れるように瞼を閉じれば、耳が全ての情報を拾おうと過敏になる。

欲情しているときと泣きそうになる気持ちは、どこか似ているな、とドガは霞がかった頭で思う。ここから逃げ出したいという思いで焦りや不安に駆られるのに、けれど、どこにも行けなくて、行きたくなくて、大声で叫びたくて、そして、消え入りそうにもなる。
ジェシーが動くのを受け止めようとする身体は、無意識に強張る。締め付けられるように狭まった喉から音がする。それに情けない気持ちになって、それでも、やめてくれとは言えないのだ。
これを小さな死と言ったのは誰だったか。

(泣いたことなど殆どないのに……)

昔にあった数度のそれを思い出すほど、強烈な感覚なのだな、とどこか他人事のように思うと、今度はそれが上手く声になる。笑いとなって漏れたドガの声を諫めるように、今まさに自分と死のうとしている男に頬を噛まれた。

「……なぁに」

「いや、な…んでも、ない……」

「僕、何かおかしなことした?」

「、に…もっ…ァ、なにも、してないよ、…すまない」

「集中、してね。僕のことだけ考えていてくれてもいいし、今、僕に、何を、されてるのか、よく考えてくれてもいいから」

「でももう、わたしは一度、っ達したばかり、で」

「でも、まだ。…僕は、まだ、」

「〜〜〜っっ」

ここ最近、二人はわざとなのかと思うくらい会えていなかった。食事も、睡眠も、キスも、ハグすらもなく、完璧にすれ違っていた。
同じ屋根の下にいるのに、おはようもおやすみも言えないなんて!
怒り慣れていないのか、ジェシーは泣きそうな顔で声を荒らげた。むずかる子供のようで、思わず。

(あぁ、そうだ、そこでも笑ってしまったのだ、私は。結果こうなっているのに、今の今まで失念していた……)


「あ、ドガ!目が覚めた?ごめんね、無理させちゃって…」

「……大丈夫だ」

「……うん」

「ところで今は何時かね」

「今は六時をまわったところ。十分も眠ってなかったよ。多分…」

「あぁ、気を失ってたのか」

「…本当にごめんなさい」

「謝らなくていい。私たちのどちらも、そうだな…悪くない。そうだろう?」

「……」

「なるべくしてなった。君には我慢させてしまっていたし、私も最近は無理をしていた。この時間は我々にとって必要だった訳だ。……別に嫌でもなかったし」

「うん、ふふ……もう少しくっついててもいい?」

「そうだな、私もまだ動けそうにないし、一時間くらいは」


一時間かぁ、とやや不満気に呟いたジェシーに抱き寄せられて、応えるように背中に腕をまわす。
この部屋から出したくない。
シーツの衣擦れに消されそうなほど小さな声を、聞かなかったことにするには、同じ時間を共有し過ぎていた。愛しいとは、自分の行動を自分で制限するほどの感情なのか。
観念したドガは浅く息を吐き、壁の時計から視線を外して秒針の音が届かぬように自ら檻に入る。ジェシーの嬉しそうな笑い声だけが、頭上で響いている。


2020/03/26 

ジェシドガ(同棲)


深夜から机に向かっていたドガが、いよいよ腰に限界を感じてそろそろと時間をかけて立ち上がる。吸うのも吐くのも困難なような呼吸を繰り返して、やっとの思いで机から手を離す。やることが沢山あるが、猶予ならまだある仕事ではあった。しかし興が乗っているうちにやってしまいたいドガは、少し休憩をしようと寝室のドアノブに手を掛け、ふと、ベッドでは翌日の朝を迎えそうだと懸念して居間に向かう。
片腕で伸びをしながら眼鏡を外し雑にテーブルへ置くと、ソファーに倒れこみながらだらしなく足を振ってスリッパを落とした。十五分だけと言い聞かせながら身体を捻り仰向けになる。力を抜くたびに軋む革の音を聞きながら、よほど疲れていたに違いないと、まだ痛みの消えない腰や横になって自覚した背中のだるさを、どこか他人事のように思いながら目をつむる。そしてすっかり明るくなった空への苛立ちを溜め息に変えながら、自分の腕で光を遮った。
意識を手放すほんの数秒前、世界の何もかもからふわりと浮いて遠く距離を置いたような、自分だけが水で出来た膜で覆われたような、奇妙で心地好い感覚のすぐ傍で、わぁ、と嬉しそうな声が聞こえた。
どうして、ここより、ぼくも、そんな言葉が近付いたり離れたり、ゆらゆらとラジオをアナログチューニングしているような不安定な調子で耳に届く。
聞き覚えのある声に、夢を見始めているのか、脳を休めたいのに。とぼんやり思った途端、ゆっくりと自分に掛かる重みと革の余計に軋む音で眉間に皺を寄せる。ふふふ、と静かに笑う声が胸に振動して瞼を開かせた。

「……ジェシー」

「あ、ドガ、起きたの?」

「まだ眠っていなかった」

「ごめんね、邪魔しちゃったかな」

「まぁ……そうだな」

「ふふ、正直。疲れたの?ベッドで休んだらいいのに」

「いや、明日になりそうだ、ここで仮眠をとることにするよ」

「そっか。じゃあゆっくり休んでね。僕お昼にどうかと思ってさっきフルーツを買ってきたんだ、起きたら食べよう。美味しそうなオレンジとリンゴがあって、」

「ジェシー、すまないがその話はあとで聞かせてもらう。十五分だけ寝かせてくれないか」

「分かった、じゃあ僕はもうちょっとこのままでいるね」

何がじゃあなんだ、と聞き返したいのにそれは声にならなかった。彼の温かさがまた急に眠気を誘ったので、何の抗議も出来ないまま、また瞼が閉じていく。これではベッドと変わらないなと意識の端で思う。休日のジェシーからは、柔軟剤の香りがしている。




***
今日のジェシドガ
ソファで仰向けに寝転んでくつろいでいたら上に寝転がってきた。重たいけどあったかくていい匂いがする。動けないし、眠たくなってきた。
#今日の二人はなにしてる 診断メーカー
https://shindanmaker.com/831289


2020/03/04 

ジェシ+ドガ パラレル


ジェシー十三歳、ドガ二十歳か二十一歳くらいの感じで書いたもの
同じマンションの上下階に住んでる


マンションの階段で座り込む少年を見つけたのは、点検で使えなかったエレベーターに舌打ちして、買い過ぎた本の重みで紙袋の手提げが破れた、肌寒い雨の日だ。
目も合わせず、挨拶もせずに通り過ぎようとしたドガは、階段を上りきって次の階への段に足を掛けたころ、聞き逃しそうなくらい小さな声のこんにちはを、胸元に抱えた紙袋と服の擦れる音の間に聞いた。これを無視をするほど冷たい人間ではないと言い聞かせながら、苛立ちを抑えてドガは挨拶を返す。驚いた様子で振り返った少年の目は赤かった。相手に聞こえるとも、まして返事をされるとも思っていなかったという顔でドガをまじまじと見つめる。
あの、僕、お手伝いしましょうか。恐らく自分でも言うつもりがなかったのであろう自分の言葉に更に驚いた様子で、少年は頬を染めて俯いた。それがドガとジェシーの出会いだった。


「今日は午後から雨だよ」

「最近続くな…。明日は、あぁ…学校は休みか」

「うん…ドクターは?」

ジェシーがドガをドクターと呼ぶまでに、そう時間は掛からなかった。それはドガがジェシーの質問には間髪入れず答えを出したり、彼のおおよそ普通とは呼べないほど家中に溢れた、大量の本のせいだ。子供がつける愛称の大半はそんな簡単なことからはじまる。この部屋だけ壁が本で出来てるのかと聞いたジェシーに、子供の純粋な質問なのか嫌味なのかわからず、ドガは見ての通りだと返すだけに留めた。


「私は午前中少し行ってくるよ、教授が貴重な資料を見せてくれることになってね」

「そっか…いってらっしゃい」

「昼には帰るが、来るかね」

「うん!」

「それじゃあここで一緒に昼食を食べよう」

「そうする!でも僕、またドアの前で二時間も待つの嫌だよ」

「はは、いや、すまないな。明日はそうはならんさ。…うーん、しかし、もしかしたらということもあるからな」

「え〜」

「そうだ、暇なら朝から来ていても良い。うちで留守番出来るならそうしてくれても構わないし、……まぁ君の母親が良いといえばだが」

「いいの!?お母さんは…多分いいよって言うよ、もしくは何も言わないか…」

「…ジェシー、君の好きにしたまえ。君が決めなさい。朝早い予定だから、鍵は…そうだな、いつもの場所に置いておくよ」

「分かった!」

部屋のドアを出てすぐ左にある窓縁に、誰がおいたのか小さな鉢植えがある。そこにあったはずの花はもう枯れてあとかたもないが、乾いてスポンジのようになってしまった土だけが入った鉢のその下が、ドガの言ういつもの場所だった。春になったらこの鉢に、種をまこうとジェシーは計画しているらしい。この鉢が大好きなんだよ。そう笑うジェシーに、自分にもこんな風に大人が理解出来ない物を好きになる時があったなと、的外れで少し失礼なことを思う。


2020/02/13 

ジェシ→ドガ+ジャド


好奇心が人を傷つける瞬間を、久しぶりに見た。
子供の頃で卒業したと思っていたその気まずい空気を全身で感じながら、頭を垂れたジェシーを見遣る。可哀想に。
それでも庇わなかったのは、ジェシーがそれを望んではいなさそうだったからだ。
耳まで赤くして、今にも泣きそうになっているのに、懸命に笑っている。見ていられない。

ジェシーが不毛な恋をしているのは知っていた。誰が見ても分かるほど悩んでいた。知らなかったのはそのジェシーの意中の相手のみだ。
頭が良い人間は他人の感情の機微に疎いのか、それとも疎い人間が天才なんて呼ばれる人間になるのか。
一ついえるのはこれで平凡な人間だったらとっくに人から爪はじきにあって、俺みたいな詰まらない人生を送っていただろうということだけ。自分の頭に感謝してくれドクター・ドガ。

興味のない話をしてくれないか、とひとしきりジェシーに会話を強請り、そこで生まれた自分の疑問をぶつけるだけぶつけ、納得出来る回答を得て満足したドクターはペルゴラの外へ飛び出した。
ガキでももう少し気をつけてドアから出るだろうと思ったが、あの男にはよく見られる行動らしいので放っておく。こけてたら笑ってやりゃいい。
しばらくして、感情を持て余したジェシーは、参っちゃうよ、なんて下手くそに笑いながら前髪を弄っていたが、隠せていると思っているらしいその手の下から見えた涙に、俺は遠慮なく溜め息を吐く。

「言わないのか?」

「何を?」

「“ところで君は今、恋人か好きな相手はいるのかね”」

「…言えないですよ」

あんたに興味が全くなけりゃ、あんなこと聞きもしないだろ。そう言ってやろうと思ったが、それを聞いたところで私がどうすることもないのだが。と言っていたのを思い出してやめた。
何故か自嘲気味に話していたドクターのことを考えれば、仲が良いと思っている相手との距離の取り方を間違えたので取り繕ったなんてのが俺の頭で思いつく限りのあの先生の考えそうなこと、だが。当事者の耳にはそうは聞こえんのだろう。

「こんな相談なら俺のほうがのってもらいたいくらいだってのに」

「ふ、いいですよ。ジャドさんにもそういう話があるなら、僕でよければ」

「今日はやめておくよ。ま、勝手に勇気はもらったが」

「なんです?」

「顔が良くてもどーにもなんねぇことがあるってさ」

「酷いな、」

顔の良さや頭の良さだけじゃ、あの人は誰のものにもなってくれないんです。見えない線がいくつも重なって、壁になってる。それを少しでも壊せているとうぬぼれた僕の負けです、今日のところは。そう言って、ドクターの残した冷めた紅茶を飲んでジェシーは笑った。
まきこまれただけの俺のついでにぬるくなった珈琲には、その笑顔も歪んで映っている。


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