カツカツとブーツの底が軽快な音を鳴らす。なんて規則正しい音なんだろう。男はふと、そう思った。常夜の街、地下街。北地区とは正反対の南地区は、ネオン溢れる北地区の面影すら残していない。薄ら寒いどこからか吹き抜ける風が頬をねとりと撫でた。 男は、ふと、足音が止まった前を見上げた。今まで地面を睨んでいた視線を持ち上げてみると、そこには派手な着流しと不釣り合いな変わった襟巻をした、白い髪の男がいた。 白い頭は、この街に1人いてることを彼はすでに知っている。誰だろうか、頭の中を漁る。端正な顔にうっすらと口許を引き上げて笑みを浮かべている男は、ここの住人とはまた違った匂いを纏っていた。 「あ、あんた・・・・」「そこ、どいてくれないかな?」 ゴクリ、微かに焼酎が残っている唾液を嚥下する。笑みを深くした、彼がすたすたと行く。その背後を、男は狙った。いける。そう確信したからだった。 男は、地下街でも古くからスリを生業としている者。スラれたら最後。その命すら奪っていく。4人が存在を黙認している、男。 にやり、空気が冷え込む。男は白濁した目を見開いた。彼の周りには、いつのまにか、どっぷりと黒い、歪な影が生えていたのだから。 「・・・・I thought that I was free.」(暇だと思っていたけど) 「I was unexpected that this town still had such a human being.」(この街に、まだこんな人間がいるなんてね) 「I dislike troublesome things.」(面倒なことは嫌い。) 「After all a fool is stupid.・・・・Is it natural?」(馬鹿は馬鹿なんだよ・・・・当たり前かな?) 「ヒッ・・・・!」影に紫煙が揺れる。吐息と一緒に煙を吐き出す。先頭にいた男が口許を引き上げた。 ガチャコン。「サヨナラ」 *** ”中毒”はため息を吐いた。地下街最大級の風俗店の最上階。どこからか三味線の音色と笑い声、酒の匂いが流れてくるこの広い部屋には、彼以外にも4人がいた。 襖が乱暴に蹴り倒される。微かに女の悲鳴らしき声も聞こえた。 「・・・よう、上のチンピラさんと・・・・」 十朱はぎりり、煙管を噛む。その表情は、なんとも形容し難いほどの苛々を孕んでいた。 「喧嘩屋がつるんでるんだ?」 ふわっと、紫煙が吐き出される。すると、中毒より少し離れたところ、欄干にもたれていた濃紺の色をした髪の男が煙草を口許から外した。 「喧嘩屋なんてひでえなァ・・・マルグリット、なんとか言えよ」 すっと、十朱の瞳が細められる。すると、三味線とは違う、ヘッドホンから漏れる特有の音楽がふと、止まった。 「事実だろーが。まあ、暇はしてないけどね」 白い頭は、甘舌舐とはまた異なっている顔をしていた。ヘッドホンを首に引っ掛けると部屋の隅で1人、横たわっていたピンク髪の男に、ポケットから取り出したかわいらしい飴玉が包まれたビニールの塊を投げる。 「アンゼリカ、いい加減にしろ。そんな拗ねるからめんどくせえんだよ」 飴玉を後頭部に投げつけられた彼は、がばりと起き上がり、ぎゅうっとその悪趣味な無駄に大きいぬいぐるみを掻き抱いた。 「拗ねてないしっ・・・!だいたい、マルグリットは・・・いつも・・・!」 「ああ?おれがなに?そんなにあの雑魚、殺りたかったわけ?」 「はいはい、ここは他所の人もいるんだよ、後でしな」 マルグリット・アンゼリカと呼ばれた2人の喧嘩を仲裁したのは、この集団で唯一和服を着た男だった。瑠璃色の髪の彼は、十朱の方に視線を向けるとにっこりとほほ笑んだ。 「おれら、喧嘩屋なんて呼んでもらっていいのかな。ねえ、ジラ」 十朱は、ジラと呼ばれた、最初に口を開けた男に目を戻した。興味がなさ気に煙草を吹かしている。その手には黒光りする2丁の拳銃が見えた。 「おまえらがいると周りが五月蠅い。さっさとこの街から消えるんだな」 「ほお・・・・おれたちそんなに有名だったの?」 ジラは、よっこいせと年恰好に似合わない声をかけてから十朱に歩み寄る。その後ろには、残りの3人もいた。十朱が眉間にシワを寄せる。 「あたりめーだ。貴様ら、異常な目をしている。そんなに血が好きか?ええ?」 「そんなことねーよ。今日は上のおエライさんの依頼で来てんだ。・・・・あんたとこで遊んでいく時間は持ち合わせてないぜ」 「・・・・・そうかいそうかい」 中毒に、ついて来るように視線を向けた、十朱はバラバラと札束を投げた。羽織を翻して蹴り倒した襖をワザとらしく踏みつけてから部屋を出る。その直前、振り向いた弾みに、手にしていた煙管が無残にも折れた。 「ここは、おれたちの街だ。目障りな虫はさっさと金でも持って消えちまいな」 煌びやかな女たちを引き連れて絢爛豪華な光の渦に消えてゆく背中を4人は見送る。その爛々とした瞳は、誰もが微笑んでいて、狂喜に満ちていた。 砂糖がけの皮肉 20111112 title by コランダム |