どうもお世話になりました
ごちそうさまでした、本当に美味しかったです、と合掌した佐助は、すくっと立ち上がった。
そして、一言。
「じゃ、帰るね」
え、と目を丸める全員に、逆に目を丸める佐助。
「え、何?」
「もう帰るのか?」
いやもう帰るのかじゃないでしょ旦那、と佐助は苦笑した。
「向こうが俺らの帰る家じゃん」
その言葉に、一瞬幸村の動きが止まる。加えて高宮一家もだ。
「そう、だったな」
「仕事山積みなんだから、もう旦那も帰らなきゃ。真田の家臣を纏めれるのはアンタ以外いないんだからさ」
「…ああ」
今更気付いた、別れの時。
もうさよならなんだと、はっとした。
佐助はちらりと周りに目をやると、今日はお別れして明日の朝帰ってこれば?と優しく提案し、まあ、この家の方の許可が下りればだけど、と続けた。
ちらりと幸村の視線が父順次に向く。
幸村の眉を下げた顔を見ると、順次は立ち上がり、ぐしゃぐしゃと頭をなでた。
そして静かに言う。
「いくらでも泊まっていきなさい。遠慮なんて要らないよ。もう幸村はうちの家族なんだからね」
「…父さん」
「幸村が来てくれて、この一週間本当に楽しかった。ありがとうな」
順次は幸村を抱きすくめた。そしてぽんぽんと背中をなでる。とたんに込み上がってくる熱いもの。それが涙だと気付いたのは、目からこぼれ落ちてからだった。
「父、さん、っ」
「あーあ、迎えが来なきゃ養子にするつもりだったのにな」
優しい目でそう呟いた順次の服をぎゅっと握りしめる幸村。
「あり、が、とう」
ぼろぼろ、と涙がこぼれ落ちた。歯を食いしばるが、一向に涙は止まる気配を見せない。
「我慢しなくていいよ。泣いちゃいなさい」
そう言った順次の声音が震えていたものだからはっと見れば、貰い泣きで目を潤ませている。
「幸村くん帰っちゃうの?」
はっと前を見れば、これまた目に涙を溜めた、
「母、さん」
母雪子がいた。
「寂しいなあ。本当に、寂しい」
ぽろりぽろりと泣きながら、横から幸村を抱き締めた。
「母、さ、ん」
「子どもが一人増えたみたいで、すっごく、嬉しかったのになぁ」
幸村の肩にこつりと頭を乗せ、ぐすんと鼻を鳴らした。
順次が幸村をそっと放すと、次は母がぎゅっと抱き締めた。
「某も、まこと、に、嬉しかった」
鼻を啜りながら、言葉を紡ぐ幸村。
「また、おいでよ?」
「無論」
抱き合って泣く雪子と幸村に、類も上から被さる。
「バカ幸村、こんなすぐに帰るとかなしだろ」
堪えきれずに類も嗚咽を漏らした。
「バカ、バカ幸村」
「もうちょっと、遊びたかったのに」
「すまぬ、類」
しゃくりあげて泣く幸村に、顔を真っ赤にしてわんわん泣く類。言いたいことはたくさんあるのに、言葉にできないのがもどかしかった。
ぎゅっと服を握って、背中を堅く抱き締めて、嗚咽で表せない感情をかたく込めた。
一週間、本当に楽しかった。
ありがとう。
大好きだ。
別れたくない。
色んな感情が入り乱れた。
「ありがとう、幸村」
こつりと何かが背中に当たったかと思えば、後ろから聞こえる泣き声。
そして一部じんわりと冷たくなる。それが椿の涙だと気付くのは、それから少し後だ。
「布団、幸村がいなきゃ、冷たいだろうなあ」
じわじわと幸村の服が、椿の涙を吸っていく。
「口げんか、できなくなるね」
少女の堪えた泣き声が、類や雪子、順次のものに混じって、小さく響いた。
その光景を優しい目で見ていた佐助も涙ぐんでいたことには、誰も気付かなかった。
「本当にうちの旦那がお世話になりました」
そっと佐助は呟いた。