脳内破裂寸前
「しかし、お主どうやってこの世に来たのだ?」
俺は帰り方も分からなかったのに、と白菜をもぐもぐと食べながら、幸村は不思議そうに言った。
「どうせ調べてもないでしょ」
「何故分かった!」
「竜宮に来た浦島みたいな顔してんだから誰でも分かるよ」
そんな顔しておるか?と隣りの椿に聞けば、真面目にじっと見つめられ、いや分かんないねえと返された。
「…ほんとに類の言った通りだ」
苦笑され、何のことかと少女が問えば、旦那と同じくらい天然だって聞いたからと答えられた。
「え、幸村と一緒にしないで下さい!」
そんな天然じゃない、もうちょっとましだと主張する少女に、幸村はむっと眉を上げた。
「なんだと!それではまるで某が一番重症のようではないか!」
「え、違うの?」
違う、違わない、と下らない言い争いをしている二人を抑えつけ、佐助は幸村に話しかけた。
「旦那どうやって俺がここ来たのか聞きたいんじゃなかったの?」
「ああ、そうであった!どうやったのだ?城から飛び降りでもしたか?」
興味津々に聞く幸村に、横から同じ顔をしている椿。なにこの子たち双子みたい。
「そんなことしたら死ぬから。答えは簡単。旦那の寝室のさ、衣装箪笥あったでしょ?あそこの三段目」
灯台もと暗しってね、俺様としたことが見落としてた、とけろりと笑う佐助に、その場にいた者全員ぽかんとした。
「「「たんすぅ!?」」」
「…幸村んちってさ、ドラえもんでもいんの?」
「おらぬはずだが」
「先の世に来るのとかって、よくあることだったり?」
「ないはずだが」
どらえもん?と佐助は疑問符を飛ばすが、話を続けた。
「そう箪笥。あんまり旦那が見つからないもんだから、最後に見た寝室を探ってたんだ。で、箪笥を一段一段開けていってたら、三段目でびっくり!まさかの暗黒が広がってたわけよ。手ぇ突っ込んだら、そのまま吸い込まれたの。んで、無我夢中で暗闇を押し開けたら、椿ちゃんの部屋にごろごろっと出てきたわけ!」
もーびっくりよー!と、けらけらと笑う佐助は、幸村以上に落ち着き払っていた。
「敵の罠かとか思わなかったの?」
と椿が聞けば、うーん思わなかったねえと一言。
「空気が違う、って云うのかな」
ね、旦那、と佐助が幸村に同意を求めれば、うむと頷いた。平成生まれの二人や戦後生まれの父母にも何を言っているのかさっぱりだった。
「それに類がいたしねー」
「なー佐助ー」
けらけらと笑い合う二人は、椿と幸村が帰ってくる間に一体どんな出来事があったのだろうか。
「とりあえず何回か行き来してみたけど、あの空間けっこう安定してるみたいだよ」
まあそうは言っても出入り口箪笥と押し入れなんだけど、と頬を掻く。
「押し入れ!?それってあたしの部屋のだよね!?」
何で一週間も気付かなかったんだろ、と自問自答すれば、そういえばあの押し入れはおもちゃ箱化していたのだったと思い出した。それにしても、その話が本当ならあのおもちゃたち、一体どこに行ったんだろ、と変なところが引っかかる椿だった。
「まあ良いではないか!安定しておるというのなら、いつでも会える!」
椿!勝手に消えることはないぞ、と屈託なく微笑んだ幸村に、ほんとだ!じゃあ約束通り戦国に連れてってね、と歯を見せる少女。
「無論!果たさねば、お主に針千本呑ませられるゆえ」
「よかったねえ、さすがに千本は幸村でも辛いもんね」
など冗談を言い合う二人を見て、佐助はぽかんと口を開けた。
そして、
「だ、だ、旦那が女の子の名前呼び捨てにしてるっ!」
嘘信じらんないと目を見開く佐助。あまりのアンビリーバボーに手が震えていた。
「っていうか今まで普通すぎて気付かなかったけど、旦那女の子と喋ってる!」
えぇええ!と佐助は頬を抑えて叫ぶ。
「何で!?行く前まで全くもって無理だったよね!ちょっと近付いただけで逃げてたよね!破廉恥は!?破廉恥はどこいったの旦那!」
机から乗り出してきけば、青年も心底不思議そうに首を傾けた。
「何故だろう?」
隣りの椿にそう振れば、何でだろねと返される。そのとき類が肉を持った箸で二人を指差したかと思えば、あれが効いたんじゃねぇの、と口を開いた。
「一週間同じ布団で寝起き」
間髪入れず、佐助がうっそ!と叫ぶ。
「元服の夜に耐えらんないで脱走した旦那が?夜伽の相手もまともにできない旦那が?あまりの初で外交問題になりかけた旦那が?17にもなるのに側室一人もいない旦那が?日ノ本一の初者の異名をも…」
「黙れ佐助!」
段々顔を真っ赤にしていった幸村は、堪えきれず叫んだ。怒りからか、それとも羞恥からなのか。多分後者だろう。
「まぁまぁ二人とも。佐助さん、勘違いされてるかもしれませんが、布団がなかっただけですよ」
けろりと笑い飛ばす少女に、あんたもよく年頃の男と寝るよ。もう少し警戒心持ちなさい、と返したい佐助だった。
脳内破裂寸前