今時の幼稚園児はけっこうマセてる
「うわぁああ!」
自転車でバランスを崩した幸村は、地面に思いっきり突っ込んだ。そして、ズシャアア!と自転車諸とも頭から土に擦り込む。
「いてて…」
「お兄ちゃん大丈夫!?」
瞼を開くと、目の前には小さな女の子がいた。しゃがみこんで、幸村の顔を心配そうに覗き込んでいる。肩までの黒髪を揺らし、前髪にチューリップのピンをつけた5歳ぐらいの子だった。駆けつけてきてくれたらしく、近くには可愛らしい自転車が転がっていた。
「あ、あぁ。大丈夫だ!」
じんじんと地味に痛む傷をよそに、青年は心配かけまいと微笑んだ。
「大丈夫じゃないでしょ!」
ほら手から血が出てる!と女の子は眉を上げると、もうこれだから男子は!と悪態をついた。
ぽかん、と見返す幸村。
「あのねお兄ちゃん!自転車の練習するんだったら、最初は誰かに後ろを持ってもらわなきゃだめでしょ!あんな乗り方したら、けがするに決まってるもん!」
ぱっちりとした両目で幸村を見据えて叱ると、スモックのポケットからハンカチを取り出した。今人気のアニメキャラクターの柄のついた、ま新しいものだった。
「しょうがないお兄ちゃんね!みくが手当てしてあげる!」
「いや気持ちだけ有り難く頂いておく。これ位、舐めておけば治るゆえ」
傷と少女を見比べ、幸村は元気に言う。
「舐めたら傷が酷くなるでしょ!」
「す、すまぬ」
少女みくは一言で10以上年上の、それも武将を黙らせた。幸村はこの位の傷でそのような手拭いを使わせるのは気が引けるのだが、と苦笑するが、少女はそんなことお構いなしだ。
小さくて可愛い手が幸村の腕を掴み、少女が傷を覗き込んだ、丁度そのとき。
「みくちゃーん!」
ぶんぶんと手を振り走ってきたのは、また少女くらいの歳の男の子だった。少女とまた同じスモックをきて、緑色の半ズボンを履いた子。花の形をしたバッジには〔さくら組 たなか けんたろう〕と書かれていた。黒髪でくりくりとした目をした、これまた可愛らしい男の子。
走ってくるなり二人を見比べ、黙り込む。そして次の瞬間きっと眉を吊り上げると、大声で怒鳴った。
「僕のみくちゃんに手を出すなっ!」
けんたろうは幸村から力任せに、みくの手を引っ張った。そして自分の後ろに少女を隠す。
「ちょ!けんちゃ…!」
「みくちゃんは黙ってて!こっちに来るなろりこん変態野郎!」
ぎりりと威嚇してみせた。
また、ぽかんとする幸村だったが、微苦笑し、少年に視線を合わせるようにしゃがみこむ。
「お主の妹とは知らずに、すまなんだな。しかし、某はみく殿に手当てをしてもらっておっただけで…」
「そうだよけんちゃん!ただハンカ…」
「みくちゃんは黙ってて!そんなこと言って本当はみくちゃんをてごめにするつもりだったんだろ!」
「手込め?」
「そうだ!けがしたふりをして、みくちゃんを草むらに連れ込もうとしてたんだろ!」
「くさむらにつれこむ?」
目を丸くする幸村に、けんたろうがむっとして口を開きかけた、そのとき、
二人の間に割って入る者あり。
「はいはいストーップ!」
高宮家長女、椿だった。
「二人とも一旦停止!ってか止め!」
その時の椿が女神に見えた、というのは幸村の後日談だ。
「誰だお前!今男と男の話の最中だ!」
ぎっと睨みつける猛犬のような男の子に、椿は微笑みかける。
「ごめんねえ、うちの幸村が迷惑かけちゃったみたいで。本当に怪我しちゃってるんだけど、信じてもらえないかな?」
椿は二人の間に入ると、幸村の顎を掴み、前髪を上げる。すると見事に擦りむけたひたいが姿を現した。
「あ、ほんとだ」
ね?とけんたろうに笑いかけると、椿は幸村に向き直す。幸村は椿と向き合うと改めて苦笑した。
女神光臨「まった派手に転んだねえ」
「某じてんしゃを侮っておった」
「みたいね。染みる?」
「少し」
「あーあ、こんなとこまで怪我して。家帰ったら本格的に手当てしなきゃね」
「…呆れたか?」
「捨てられた子犬みたいな顔しないでよ。こんくらいで呆れないから」
「かたじけぬ」
「こういう時は『ありがとう』だよ」
「…ありがとう、椿殿」
「いーえ。じゃ気を取り直して、今日は椿先生の自転車の猛特訓だからね!」
「うむ!」
屈託なく微笑み合った二人、をじっと見つめる5歳児カップル。
そして、ぽつりと言葉をもらした。
「ほ、ほ、」
「「ほんものだ!」」
いきなり聞こえた興奮ぎみな声に二人が振り向けば、目をキラキラと輝かせた子どもたちがいた。
「シノピーチとシノレッドだ!」
「「は?」」
今時の幼稚園児はけっこうマセてる