波乱の予感なスクールライフ
時は昼間、12時50分。
「お母さん、まだかなあ」
お腹を空かせ、少女は待っていた。
「お弁当忘れるとか、本当あんた学校に何しにきてるの」
「学校の目的ってお弁当食べることだっけ」
そう少女は家に弁当を見事に忘れてきたのだ。しかし、母のことだ。きっと持ってきてくれるに違いない、と彼女は踏んでいた。なんせ、お弁当を忘れた時は持ってきてくれるというのが日常化していたのだ。
しかし、今日は違った。
いつもなら届いているはずの弁当が届かない。昼休みが始まってからもう15分が経過していた。
ぐぅう、と腹が音を立てる。
「珍しいねえ。お弁当が届かないなんて」
「お母さん寝ちゃってるのかなあ」
「…仕方ないなあ、私の分けてあげる」
「ごめんありがとう美穂大好き」
「もっと褒め称えて」
昼休みは過ぎていく。結局、弁当は届かなかった。
*
時は流れて、もう6時間目の授業が始まっていた。椿はあまり好きではない、数学の時間だ。前から後ろへプリントが配られ、教師の合図で小テストが開始された。
シャーペンの音だけが教室に響く。
書かれている問題とにらめっこをしながら解いていくが、よくわからないことこの上ない。ああ、ちゃんと復習しとけばよかった!
と、設問8に四苦八苦していた時だった。
カツカツと廊下に足音が聞こえたかと思えば、教室のドアがノックされる。
「授業中すみません。ちょっと」
そう言って顔を出したのは学年主任の山田先生。何事かと数学担当且つ担任の松本先生が廊下に出て行く。
そして、次の瞬間。松本先生の声が、3年生の廊下に響き渡った。
「はぁああ!?高宮の許嫁ぇええ!?」
飛び込んできたのは、あまり聞き慣れないワードだった。
…は?
いいなずけ?
それも、わたしの!?
クラス中の視線が私へ寄せられたかと思った刹那、クラスメイトが折り重なって廊下側の窓に張り付く。そして呆然としている椿を余所に、擦りガラスが手際よく開けられたかと思えば、クラス中が湧き上がる。
「キャー男前!」
「何あれ芸能人!?」
「高宮の許嫁やべえ!」
「めっちゃイケメン!」
え?え?
本人そっちのけで、盛り上がるクラスメイトたち。私、許嫁なんかいましたっけ。未だに呆然としている椿の肩をぽんと叩いたのは、親友美穂だった。あれ?心なしか笑顔が怖いぞ。
「何あのイケメン?フィアンセがいたなら、普通さ、私に教えるもんじゃない?」
「いやあの何のことだかさっぱり」
ぶんぶんと首を左右に降って否定していたその時、松本先生が私を呼んだ。返事をすると、こっちにこいとお呼びがかかった。
許嫁?そんなの私にいたんだろうか。いや、そんなお家柄じゃないよねうち。本当何が一体どうなってるの?
痛いほどの視線をくぐり抜け廊下へ足を踏み出すと、他の教室からも身を乗り出してこちらを見る生徒たちの姿が。何これ公開処刑ですか。一体何で私が学年中の注目の的になってるんだ。
「早く来なさい高宮」
「あ、すいません」
そう言って小走りで駆け寄ると、そこにいたのは、
「…え、」
茶色の短髪で、整った顔立ちの青年だった。
スラリとした長い足はデニムを穿き、上は深い色で落ち着いた服。結構控え目で大人びた印象だ。しかし顔立ちが顔立ちだから、その大人しめな格好も引き立っているというか、モデルさんにしか見えないというか。うわ、こんな人本当にいるんだ。やばい、格好よすぎる。…じゃなくて。
「…あの、どなたですか」
ぽかんとしていた口を引き締め、そう問うと、青年は首を傾げた。格好いいのにその姿は子犬みたいだ。ってあれ、なんかデジャヴ。
「雪子殿に頼まれて、持ってきたのだ。忘れたのであろう?お弁当」
そう言って差し出されたのは、近くのデパートの紙袋で。その中にはヒヨコのキャラが描かれたお弁当袋が入っていた。間違いなく私のだ。というか、この喋り方、
「幸村、さん?」
「うむ」
そう言って微笑んだのは、間違いなくうちの居候、戦国武将の幸村さんだった。
波乱の予感なスクールライフ