一晩で世界が変わるとき




その後、彼女は傷だらけの烏を動物病院に連れていくことにした。

組紐を解いた烏はぴくりともせず、このまま死んでしまうのではという予感が走ったためだ。が、しかし、それも杞憂にすんだ。獣医によると死に至るほどの怪我ではなかったよう。


そうして一日中走り回っているうちに、いつの間にか見上げれば星が輝く時間帯になっていた。

腕の中の烏に目を移せば、麻酔のお陰で今は静かに眠りについているようで。
温かい鳥の温度にほっと優しい気持ちになれた。


鞄から出した鍵で電気一つ点いていない家のドアを開ける。そして、和室に入ると座布団の上にタオルに包まれた烏を寝かせた。


美桜は目を瞑ったままの烏に優しく笑いかける。


「ゆっくり寝てるんだよ。今水持ってくるから」


遠のいていった足音が帰ってくると、すっと和室の襖が開かれた。
彼女がそっと中をのぞくと、烏は相変わらず眠りについているよう。

心の中でほっと息をつく。そして、座布団の横に水を入れた皿を置いた。



その烏は綺麗だった。

体中にたくさんの傷をつけていたが、それでもその漆黒の羽の艶やかさが目に留まる。
傷が付く前は、どれほど立派で美しい烏だったのだろうか。


美桜がそっと手を伸ばした、その時。事は起こった。


烏の体から、ホタルのような光が漏れだしたのだ。
その淡い光は体全体に広がっていくと、輪郭がぼやけ出す。

そして次の瞬間、ぐにゃりと歪んだ。


「なっ……え?」

娘は自分の目を疑う。


目の前には人間がいた。
ホタルの光をまとった、一人の男が。


一晩で世界が変わるとき



「どういう…こと?」


美桜は自分の目を疑った。
まるで狐に化かされているような気分だ。

どうして良いかわからず茫然としていた時、耳に届いたのは小さな呻き声だった。


「う、ぐぁぁ」

はっとして目をむけると、それは誰でもない目の前の男からで。
傷が痛むのかそうではないのかは定かではないが、あまりに苦しみの籠ったその声音に
同調するように胸が痛む。

男の掌がばっと広げられたかと思えば、拳に力が込められていく。
彼女はとっさにその手を取った。


「う、ぅぅぁ、っぐぁ」


一体どんな悪夢を見れば、こんなに苦しめるのか。
優しく男の手を撫でる。


「大丈夫だよ、もう心配しなくても痛くないよ、大丈夫、大丈夫」


彼の唸り声が止むまで、いつまでもいつまでもそうしていた。
早く苦痛が止むことを祈りながら。




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bkm