風と共に駆けようか




「爾者帰大聖真言閲大祖解釈信知」


手を合わせて経を唱える僧侶の後ろには、また同じように合掌する一人の娘の姿があった。
びゅうと一陣の風が吹き付け、彼女の着物の袖を揺らす。


彼らの前には、墓があった。
真ん中には彫られた「立木家」の文字。

「仏恩深遠作正信念仏偈曰」

子守唄のような独り言のような経は続く。
風が吹く度白と黄色の菊がゆらりと揺らめき、線香の香が鼻を擽った。


法師の声だけが響く、小高い山の山頂付近。
青々とした草木は古めかしい墓と対照的に生気が溢れている。
すっくりと生えた白い小花が、妙に美しかった。


「本日はどうもありがとうございました」

頭を下げる少女。
僧侶も合掌すると、一拍置いて声をかけた。

「この三年、長かったでしょう。よくお耐えになりましたね」

ゆっくりとして優しい声音が、娘の耳を叩く。

「いえ。しっかりしなきゃって頑張ってたら、あっと言う間に過ぎてしまいました」
「それはようございました。最近姿を見ませんが、今はどちらに?」
「遠くの町へ働きに出ているんです」
「そうなんですか。お元気そうでよかった」

満足げにこくりと頷いた僧侶は、また茶でも飲みに寺に来るようにと笑った。

「はい、ぜひ」

髪の毛を揺らして娘も頷く。
僧侶の袈裟と後ろの娘の黒い着物が風に揺れていた。



風と共に駆けようか



――彼女の両親の三回忌は、快晴の日であった。




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