禁術をその身にかけてから、モノを考えても情は伴わなくなった。
幾ら人をこの手にかけても胸は痛みも傷つきもしなかった。しかし、それと同時に喜びも楽しさも消えた。
鳥に話しかけることも、獣を追うこともなくなった。
風と共に山を駆け抜ける楽しさも、大木の心音を聞く心地よさも、初雪の喜びも、何もかも忘れていた。
笑うことだって。
朝日は必ず昇る
それを思い出させてくれたのは、美桜だ。
人の手の温かさを、飯の美味さを、謝ることを、笑うことを、動物への接し方を、己が人間だったことを。
『カラスさん、怖いね。苦しいね。でも大丈夫だよ。わたしが今から助けてあげるからね』
美桜は俺を助けてくれた。
『いいですよ。おあいこです』
許してくれた。
『こんなに温かい手の人が人間じゃないはずない』
俺のために泣いてくれた。
『バスタオルはですね、こうやってこう掛けるんですよ。グッジョブ!うまい!』
笑ってくれた。
『もっといっぱい食べて下さい!なんなら、もう一品おかず作りましょうか!?』
喜んでくれた。
『一体誰にそんなこと言われたんですか!あなたは人じゃない?忍びだから心がない!?そんな馬鹿なこと…あなたは信じてるんですか!』
怒ってくれた。
『怖くない…なんて言ったら嘘になりますかね。刀を振り回されたり怖い目で睨まれたりして、本当はあなたが怖い。でも、何でかなぁ。ほうっておけないんですよね』
俺を、受け入れてくれた。
数え切れぬ人を殺めた俺は罪深い。
この業も咎も一生消えることはない。
それでも生きたい。
生きてみたい。
真っ暗闇を両手で掻き分ける。
ごぽりと口からあぶくが洩れた。
「美桜」
ごぽっ、泡が上へと上がっていく。
「お前と共に生きてみたい」
俺に生を与えたお前と、全てを捨ててもいいから、生きてみたいのだ。
その瞬間、水が、消えた。