少女は目を見開く。
本堂の扉を開いて、真っ先に目に入ったのは目を疑うような光景だった。
「え」
そこには烏がいた。
体中に朱紐を巻き付け、身動きの取れなくなった烏が。
本堂の四方の天井から伸びた組紐が黒く艶やかな羽に絡まりついているのだ。
彼女の背から差し込む眩しい光とは対照的に室内は薄暗く、赤い紐と黒い烏のコントラストはまったく異様な光景だった。
美桜は言葉を失う。
何も考えられず、ただその光景に呑まれていた。
それから数秒後。彼女を現実に引き戻したのは烏のもがく音だった。
そうだ。
この子を助けないと!
はっとした美桜は靴を脱ぎ捨てると、烏の元に駆け寄った。
「動かないで!今助けるからっ!」
彼女の声が響いた瞬間、烏は人間の存在に目の色を変える。
威嚇するかのように嘴を大きく開け、逃げようと翼を激しく動かした。
しかし、そうする度に首や翼に回った組紐が烏の体を縛り上げていって。
「動いちゃ駄目!」
その必死な声音がまた烏を興奮状態にさせていく。
絡まった組紐を解こうと彼女は手を伸ばすが、烏も必死に噛み付き、凶器の爪でその手を抉ろうとする。しかし、そうすればそうするほど組紐は絡まっていき、烏の体を締め上げていった。烏の息が荒さを増していく。
「駄目!これ以上動かないで!動いちゃ駄目!」
必死に叫ぶが、烏が動きを止めることはなかった。
このままでは興奮した烏が自分で自分の首を絞めてしまう。そんなのダメだ!でも、どうすればいい。
美桜はとりあえず落ち着かなくてはと荒くなった息を鎮めた。そして、思考回路を巡らす。どうすれば、烏を助けられるだろうかと。
そして数秒後、目を開いた美桜は静かに烏の瞳を見た。今までのように不安を煽るものではなく、落ち着きを取り戻した目で。
「カラスさん、怖いね。苦しいね」
彼女の凛とした優しい瞳が烏を見据える。
「でも大丈夫だよ。わたしが今から助けてあげるからね」
まじないのように、何度も大丈夫だと繰り返す。
ゆっくり、ゆっくり、烏が落ち着きを取り戻せるように。
すると、まさか。荒くなっていた烏の呼吸が戻っていく。
「わたしが絶対助けてあげるよ」
ひゅっと烏の口が鳴った。
そして大きな羽を広げたまま、烏は動きを止める。
その漆黒の目は確かに美桜を見返していた。
「ありがとう」
美桜は小さく笑みをこぼすと、絡まった組紐に手をかけた。
弥勒の産声
今まであれだけ絡まっていたように見えたのに、彼女が手を伸ばせば組紐はするりと解けていくように思えた。