それから束の間して、美桜を床の間に下ろした男は姫神の方に振り返る。
「姫神様、お願いがあります」
「何だ」
数本の懐刀を抜き取り並べると、そのまま静かに頭を下げた。
「どのようなものでも構いません。彼女を助ける方法があればお教えください」
「ほう。どのようなものでもとな?」
「差し出せるものは幾分この身と忍刀しかありませんが。どうか」
「娘のために全て捧げると」
一時の静寂がその場を支配する。
無言を肯定と取った姫神は、にんまり笑った。
「ヒトの目玉は頬が落ちるほど美味いと聞く。それに心の臓のおどり食いも一度やってみたかったのだ。…ぬしのはさぞかし絶品だろう」
「好きなだけどうぞ」
その返答を聞いた姫神は、からからとさもおかしげに笑う。
そして、凛とした目で風魔を見つめた。
「あほう。ヒトを喰う神がおるか」
そして、いいだろうとにんまりと笑った。
「ぬしに娘を救う方法を教えてやる。しかし、これを成功させた者は殆どおらぬぞ。それでも聞くか」
風魔は深く頷いた。
その方法とは、あまりにも簡単なものだった。
彼女の心に入り込み、彼女の口から『帰りたい』と言わせる、ただそれだけのこと。
「ヒトの心は底なし沼だ。あまりに深く、足を取られればそれまで。心は同時に鏡でもある。お前の弱い部分にも否応なしに突き刺さる。我も手出しは出来ぬぞ。それでも行くか」
頷いた青年の顔には、覚悟の二文字が浮かんでいた。
「ならば、道を開こう」
姫神は美桜のもとに膝をつく。
「制限時間は小半刻だ!分かったな」
男が頷いたのを確認して、姫神は知らぬ言葉を唱え出した。
それに従って彼女の体からは光が溢れ出し、輪郭がぼやけ出す。
「今だ!いけ」
風魔は戸惑い一つみせず、その光に飛び込んだ。
一世一代の賭けごと
光が消えた娘の体。
一部始終を端から見ていた狐は静かに口を開いた。
「体中に染みついた術を引き離しても、生きておるとは。何とまぁ。それで女子を助けにいくなどと。………もしや、姫様。あの男に力を貸したわけではないでしょうな」
「絡まりを一つほどいてやっただけじゃ。解いていったのはあの二人よ」
にんまりと笑う姫神。
「さぁ、消えかかった縁はどうなるのじゃろうな」