始まりはいつも突然に







『朝木神社』


それが社の名であった。

昔は立派であったであろう朱色の鳥居や本坪鈴も色褪せ、入母屋造の本殿でさえ、今では木が腐り傾いてしまっていた。
境内には至る所に草が覆い茂り、石畳さえなければ周りと同化しかかっている。

彼女は拝殿まで歩いていくと、賽銭箱の前にある鈴緒に手を伸ばした。
小さく振れば、がらんがらんと乾いた音が響き渡る。

彼女は手を合わせると、静かに瞼を閉じた。


「かみさま、誰でもいい何でもいいんです」


さらりと頬を風が撫でる。



「わたしに…――――」


言葉は静かに風の中に消えていく。


この荒れ果てた神社にまだ神様がいるかどうか彼女には分からなかった。
しかし、祈らずにはいられなかったのだ。

ひとり生きることに慣れない。両親だけでなく、祖父母すら鬼籍に入ってしまっており、天涯孤独の彼女にとっての頼る相手といえば、ご近所さんか同級生か葬式を取り仕切ってくれたお坊さんくらいで。しかし、寄りかかるには少し距離があるように感じてしまい、結局誰にも縋り付けないでいた。

しかし、そのせいかぽっかりと空いた心の穴は少しも風化せず、時折胸の中を苦しいほどに掻き回した。

どうしたら胸の痛みが治まるのか、どうしたらこの詰まるような寂しさから抜け出せるのか。
彼女の苦しみはひどく深く、彼女自身どうすれば治せるのかさえ分からなくなっていたのだ。


しかし、だからだったのだろうか。
彼女の願いが聞き届けられたのは。



欠けた月と満ちた陽



願い事をし終わり、瞼を開けた丁度その時だった。
目の前に何かが掠めたのは。


「えっ」


娘はぱちぱちとまばたきを繰り返す。
何度瞬いても、その景色は変わらなかった。


「な、に、あれ」


少し前まではただの暗闇が広がっていただけだったはずの本堂の中には、黒い物体が一つ。それはひどく暴れまわっており、バサバサと風を切る音が響き渡る。
その音はどこかで聞いたことのある、そう大きな鳥の羽音のようだった。

しかし、それは普通の羽根音に比べ、どこか必死なものであった。
まるで身に危険が迫っているかのようで緊迫したような。


立ち尽くしていた美桜は、はっとした。

ここで中の鳥を助けられるのは自分しかいないのだ。私が助けなくてはと。


間髪いれず少女は本堂に駆け寄り、扉に手をかけた。
鍵が掛かっていたはずの、その扉に。





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bkm