夜と夜の狭間





時は少しばかり戻り、夜空に満月が浮かんでいた頃。

一寸先も見えぬような暗闇の中に、ひとつの淡い光が揺れていた。



ちりん、ちりん、と下駄の鈴が鳴る。



そこには巫女姿の狐と、青年が一人。
前を歩く狐は、赤袴を揺らしながら古びた境内を進んでいく。
そして、ふっと暗闇に扉が現れたかと思えば、狐はその中に足を踏み入れた。


赤髪の青年も静かにその後に続いていく。



黒い着物の袖が、風にふわりと靡いた。




夜と夜の狭間





本殿の奥の、奥には、不思議な香りが立ち込めていた。
香の種類は厭きるほど頭に叩きこまれていたはずだが、それでも今まで一度も嗅いだことのない香だった。

控え目な薫衣香のような香りでなければ、白檀香のように甘くもなく、花のようでありながらも全く知らぬ香り。
しかし、だからといって毒や薬物が含まれているわけでもない。


廊下を歩きながら、赤髪の青年は眉根を寄せた。


その香りに取り巻かれているような気がしたのだ。
蛇のように、ねっとりと。


二メートルほど前を歩いていた狐が立ち止ったかと思えば、彼の方を振り返った。
そして膝をつき、狐は静かに頭をつく。



それから、目の前の襖が音も立てずに開いたのだった。
中から声がする。


若い、女の声だった。



「…い」




「来い、わっぱ」



鈴を転がすような優しい声は、有無を言わせぬ物言いだった。




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